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事例番号は前出の表に対応しています。

...

事例1

  • 横浜地方裁判所判決/平成9年(ワ)第289号
  • 平成12年2月23日
  • 請求額2400万円/うち2220万円を認容。
  • 特養内のショートステイの利用者が誤嚥により窒息死した事案

特養内のショートステイに入所3日目の利用者が、朝食時に窒息し救急搬送が遅れ死亡したという事案です。

(1)利用者の状態(以下、全事例について利用者を「A」と呼称します)

 男性 73歳 重度の認知症 多発性脳梗塞 全介助が必要であり、食事は家族が抱き起して食卓に連れて行き食事を与えていた。咀嚼についてはAは総入れ歯であり、食べ物を噛んでいる時間が長く、なかなか飲みこまないという傾向にあった。食事形態は常食・常菜であった。
 Aの家族はAを施設に預けたことはなかったが、施設職員からショートステイを一度試しに利用してみたらどうかとの勧誘を受けて申し込みをした。
 平成7年12月6日午前11時過ぎ、Aは被告施設の2階のショートステイ用居室に入室した。

(2)事故態様

 6日の昼食は、摂取は良好であったが、薬を飲みにくかった。夕食も摂取は良好であったが、食後痰がらみがひどい状態であった。
同月7日の朝食後は痰がらみはみられなかった。昼食、夕食は咀嚼がうまくいかず時間がかかった。
8日、午前7時頃、早番の職員Bが勤務につき、夜勤者からAはあまり眠れていないこと、食事介助のときにむせることと口にためる癖があるとの報告を受けた。
 午前7時50分頃、BがAの朝食(ご飯、じゃがいもとわかめの味噌汁、なすとピーマンの炒め煮、なめたけおろし)の配膳を行い、介助してご飯一口となすを食べさせた。午前8時10分過ぎ頃、職員Cが食堂に来て食事介助を交代した。Cが「なすを食べますか」と聞くとAがうなずいたので、なすの炒め物を一切れ口に入れた。Cは他の利用者の食事介助を行い、再び「なすを食べますか。」「ご飯を食べますか。」等と聞き、一口ずつAに食べさせた。
 午前8時20分過ぎ頃、Cが1階フロアーに下り、BがAの介助に戻った。BがAに口を開けてもらうと、まだ食べ物が残っていたりしてあまり進まなかった。このときまでに、Aはご飯を半分近く、なめたけおろし、なす、味噌汁のおつゆを摂取していた。
 午前8時23分頃、BはAに薬を飲ませるため口を開けてもらったが、舌にご飯粒が少し残っているような状態であった。Bはティースプーンに水分ゼリーを一口取って、その上に薬を載せて口の中に入れた。Aは咀嚼するようにごっくんとしたので、Bは下膳や他の利用者の食事介助等に入った。
 午前8時25分頃、Bが再びAにゼリーを勧めようと思って様子をみると、Aは、顔を上に向け、目を見開き、口を開いて、手をだらっと下げていた。意識レベルがなく、チアノーゼを起こしていたが、咳やうめき声はなかった。Bが「Aさん」と声をかけたが反応がなく、頬を叩いたがやはり反応がないため、BはCを呼んだ。口の中には何も入っていなかった。

(3)事故後の経緯

 二人は、Aを車いすで居室に連れて行きベッドに横にした。Bはヘルパー室から血圧計を取ってきたが、吸引器のことを考えたものの実際にこれを取りに行くことはしなかった。午前8時27分ころ、CがAのバイタルチェックをしたが、脈も血圧も取れなかった。
 二回目を測っていた時点で看護師が出勤してきた。看護師はAの鼻の下に指をあてて確認したが呼吸はしておらず、聴診器で確認したが鼓動をしていなかった。Aは目を見開き、口を開けてのけぞり、顔は血の気が引いて真っ白な状態でバイタルサインの反応もなかった。また看護師はAのみぞおちを5、6回マッサージしたが効果はなかった。
 8時36分、職員がAの家族に電話報告したところ、救急搬送を依頼されたためその様に対応し、8時50分救急車が到着した。搬送時に救急隊員が吸引器を用いたところ、Aの口腔内から異物が吸引された。午前9時5分、Aは病院に到着したが心停止状態であり、40分に死亡が確認された。担当医師は死因を誤嚥を原因とする窒息と判断し、家族に対し大量の食べ物が詰まっていた旨説明した。

(4)判決文ハイライト

 「Aの異変を発見した際に、真っ先に疑われるのは誤嚥であったというべきである。しかしながらBらは誤嚥を予想した措置をとることなく、吸引器を取りに行くこともせず、また午前8時25分頃に異変を発見していながら40分頃までに救急車を呼ぶこともなかったのであり、この点に適切な処置を怠った過失が認められる。被告は、緊急時にはまず家族に連絡をして、その指示を受けることになっていたと述べるが、それが一刻を争い、生命にかかわるような場合にまで優先させるというのであれば、適切な処置が不可能となってしまうことも考えられるのであり、そのような硬直した体制を取っていたこと自体にも問題があるというべきである。仮に、速やかに背中を叩くなどの方法を取ったり、吸引器を使用するか、或いはただちに救急車を呼んで応急処置を受けることができていれば、気道内の食物を取り除いてAを救命できた可能性は大きいというべきである。」

(5)認定損害額の主な内訳

 死亡慰謝料2000万円 葬儀費用120万円 弁護士費用100万円

(6)外岡コメント

 主に事故後の応急処置のレベルで過失が認められた事例であり、これ以降の判例と比較しても施設側の初歩的なミスであるといえるでしょう。職員Bは吸引器のことを考えたものの結局用意しなかったとのことですが、何故このような対応になってしまったのか、平素の職員研修の重要性が痛感される事案です。