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事例番号は前出の表に対応しています。

...

事例10

  • 東京高等裁判所判決/平成22年(ネ)第3079号
  • 平成22年9月30日
  • 請求額3667万4121円/請求棄却。
  •  グループホームの利用者が嘔吐、下痢等の症状を呈し死亡した事案

いわゆる食事時の誤嚥・窒息死とは異なり、台所の三角コーナーの生ごみを異食し容体が急変したという事実が争われたケースですが、広く誤嚥系に含まれるものとして、また控訴審までいった例は珍しいため掲載しました。一回の食事という限定された機会ではなく、推定して幅のある期間において生じたであろうという点で転倒系の「いつ骨折したか分からない」パターンと類似しており、参考になります。

(1)利用者の状態

 男性 83歳 平成16年より認知症 慢性硬膜下血腫
 平成18年6月18日被告施設に入所。
 生ごみ等食べてはいけないものを口にする傾向はなかった。

(2)事故態様

 6月29日午後3時頃、職員Bは、Aが台所の三角コーナーを触ろうとしてたところを目撃した。同日午後7時15分頃、Aは食堂の出入り口付近で放尿し、食堂や台所を徘徊していた。
 入所者の残飯は上記三角コーナーに捨てられるが、昼飯の分は当日の夕食前までには全てゴミ箱へ捨てられていたし、夜勤者が残飯を処理した上で、三角コーナーを漂白していたため、残飯が翌日まで残っていることはなかった。また食堂には、昼間の時間帯、常に職員がいた。
 同日午後9時頃、ソファーで横になっていたAは、職員に対し「おなかが痛いよ」と答え、居室への誘導を拒否した。体温は36.7度であった。
 9時20分頃、Aはソファーで横になったまま、夕食のハンバーグを嘔吐した。Aは気持ち悪い等といって動こうとせず、職員がAを居室に誘導し9時40分頃Aは入眠した。職員は施設長に電話し、Aが嘔吐したことを連絡した。同日9時55分頃、職員が訪室すると、Aは布団から出て、床上で横になり、ハンバーグ等を嘔吐していた。Aは体温測定を強く拒否し、職員に促され布団に入った。
 同日午後10時10分頃、施設長が施設に到着しAに声を掛けたところ、Aは「大丈夫、大丈夫」等と答えた。施設長はAの家族に電話を掛け、嘔吐したこと、体温、血圧、脈拍などのバイタルサインは安定していること、今は居室で寝ていること、様子をみようと考えていることなどを説明すると、Aの妻は「お任せします、寝ているのであれば。」と答えた。
 その後施設長は、看護師から連絡を受け、Aの状態を説明したところ、「念のため病院でCT検査が実施できるか確認して欲しい。」と言われた。施設長が病院に確認したところ、「CTは実施できるが、当直医では大した処置もできない。結局翌日に来ることになる。」と言われた。午後10時40分、Aに軟便、鼻水が認められ、血圧116/48、脈拍は98/分であった。
 施設長は看護師に再度連絡しAの状態を伝えたところ、看護師はお腹の風邪かもしれないと述べ、水分補給とクーリングを実施するようにと指示した。同日午後11時頃、Aの体温は38.3度であった。シーツに嘔吐の跡が認められた。翌日午前0時頃職員が巡視した際は、Aは寝息を立てて寝ていた。
 午前1時頃、Aは水分補給を拒否し、体温は37.2度であった。その後職員はほぼ1時間おきにAの様子を見て、寝息を立てて寝ていることを確認した。Aの様子に大きな変化は無く、体温は37度台前半であった。
 午前8時30分頃、Aははあはあと息をしながら「苦しくしてくれ、大丈夫だよ。」等と言った。下痢があり、オムツから便がはみ出し、拭くとそばから軟便が出ている状態であった。体温は38.2度であった。
 午前10時頃、Aは麦茶50ccを摂取したが、それ以上は摂取できなかった。体温は37.4度で、息遣いは落ち着いていた。
 10時過ぎ、施設長がAに声を掛けたところ、返答があったものの目の焦点が合っておらず、いつもの様子と違うと感じたため、10時19分、救急車を手配した。Aは入院3週間程度の中等症と診断された。

(3)事故後の経緯

 施設長は、Aの担当医師から、嘔吐や下痢の原因として何か考えられるものがないか問われた際、「三角コーナーを触ろうとしていたため、生ごみを食べた可能性がある」と伝えた。Aは細菌性腸炎、急性腹症、脱水等と診断され入院した。
 7月1日、医師はAの家族に対し、脳梗塞の疑いがあること、脱水症から尿毒素に陥る可能性があること、意識障害、肝腎不全、腸炎、高齢、抗精神薬等色々な要素が全身状態を悪化させていること、年齢を考えると急変の可能性があり、1、2日が大切であること等を説明した。Aの弁護士の培養検査の結果、細菌は同定されず、腸の細菌による感染が否定された。
 7月10日、Aは重症患者の経過や処置を詳細に記録する「重症記録」の管理から通常の看護記録に移され、12日にはベッドサイドでのリハビリ、14日には嚥下リハビリが開始された。
 8月6日、Aは午前10時頃以降、3回嘔吐し、消化管穿孔が疑われたため、以後禁食・点滴開始となり、再び重症記録により管理された。医師は家族に対し、腹腸炎、消化管穿孔が疑われること、バイタルサインは安定しており経過観察しているが、今後全身状態が悪化する可能性が高いこと等を説明した。
 10日午後11時過ぎ、Aは心停止となり、11日午前0時13分ころ死亡した。

(4)判決文ハイライト

(原審の判決)
 「Aには生ごみ等を口にする傾向はなく、昼間の時間帯には常に職員が配置されていたのであり、残飯が翌日まで残っていることはなかったのであるから、Aが三角コーナーに捨てられた生ごみを食した可能性は低いと考えられる。よって被告にAの健康阻害事故を防止すべき義務を怠った過失があるという主張は採用できない
 Aが嘔吐し始めた6月29日午後9時20分の時点において、嘔吐と腹痛はあったものの、Aの全身状態からして、被告がAについて医療機関における治療を要するほどの脱水が生じることを予見し、ただちに治療を受けさせる義務があったということはできない。
 午後10時40分の状態についても同様であり、被告の対応は本件契約上の注意義務を果たしていると評価でき、ただちにAを医療機関に救急搬送すべき義務があったとまでは認められない。」
(控訴審の判決)
 控訴人は、Aが6月29日午後9時に腹痛を訴えた後2度にわたり嘔吐している状況にかんがみ、脱水症状の危険を予知して亡太郎を医療機関に緊急搬送すベきであり、そうしていればAが生存していた高度の蓋然性がある旨主張する。しかし、原判決の認定するとおり、Aが2度にわたり嘔吐した同日午後10時ころの時点において、Aに意識障害は認められず、血圧・脈拍等にも特段の異常はなかったのであるから、この時点で直ちに医療機関に緊急搬送すべき必要性があったとは認め難いといわざるを得ない。そして、このような状況の下で看護師の指示に従って水分補給等の措置をとり、同日午後11時30分以降入眠したAの経過観察を継続した被控訴人担当者の措置が、介護施設の担当者としての注意義務に違反するものでないことは原判決の説示するとおりである。」

(5)認定損害額の主な内訳

 0円

(6)外岡コメント

 グループホームは、利用者にできる限り自立した生活を送り生活機能を維持することを目的としているため、実は本件の様なアクシデントの危険は非常に大きいといえます。その他グループホームならではの事件としては離設(施設は施錠されておらず出入りが自由であり、基本的に独歩が可能な方が入るため)や、二階の居室からの転落等を多く耳にするところです。さりとて安全対策を万全にしようとすればそれだけ利用者の自由な生活を制約することになり、この施設形態に限った話ではありませんが運営側は大いなるジレンマに悩まされているといえるでしょう。