事例番号は前出の表に対応しています。
事例13
- 水戸地方裁判所判決/平成21年(ワ)第103号
- 平成23年6月16日
- 請求額4638万3576円/うち2938万908円を認容。
- 介護老人保健施設のパーキンソン病患者入所者が刺身を食し嚥下障害により死亡した事案
老健の入居者が、健常人用の刺身を誤嚥し死亡したという事案です。全粥、ペーストを常食としていた利用者に、日常的に刺身やうな重を与えており、しかもそれが医師の判断でケアマネ等と連携を取っていなかったという、珍しく施設側の落ち度が目立つケースであるといえます。
(1)利用者の状態
男性 86歳 平成15年8月15日被告施設入所
平成12年ころからパーキンソン症候群の症状が進み、通常食を摂れない状態となる。
平成14年ころからお粥とミキサーでペースト状にしたおかずを摂取。
平成15年ころ当時、両上下肢に筋力低下やパーキンソン症候群による運動障害が見られ、つかまりながらであれば歩行はできるものの、長距離での移動には車椅子を用いるなどしていた。要介護度3。
被告施設は、Aの入所時の昼食からAに対し全粥、ペースト状にした副食、とろみをつけた飲物の提供を開始した。
平成16年6月14日記載のサービス提供計画書には「嚥下機能の低下があり時々ムセや食べこぼしによる汚染が見られる」と、援助目標欄の長期目標には「誤嚥性肺炎を予防する」と、短期目標には「誤嚥せずに食事を摂る事が出来る」と、援助内容欄のサービス内容には「食事はペースト食を提供、食事中の様子を観察し、ムセや食べこぼしがないか確認する」、「水分補給やおやつの時も同様、配ったままにせず、必ず食べ終わるまで付き添う」とそれぞれ記載された。
被告施設の担当医師は、週二回ずつ被告施設の入所者の診察を行っていたが、看護師、介護士らとの間のナースステーションなどにおける日頃の会話の中で、「Aが刺身とうなぎについて常食で提供してほしいと希望している、Aの摂取状態は良好である」などの話を聞いて、10月21日からAに本件四品目を常食で提供することを決定した。その際、サービス担当者会議、ケアプランの見直し等に諮るなどはしておらず、医師はAの担当ケアマネージャーにも相談していなかった。
被告施設は、本件決定に基づき、Aに対し寿司を合計11回、刺身を合計13回、うな重を合計6回、ねぎとろを合計5回それぞれ常食で提供し、Aはこれらをほぼ全て食べた。
Aの家族は、本件事故に至るまで被告施設からAに対し本件四品目が常食で提供されていることを全く気が付かなかった。家族は、Aのもとを訪れた際、まんじゅう、水ようかん、チーズケーキなどの食べ物を持参したことがあったが、同人がそれらを食べるに際しては小さく切ったり、水分を一緒に与えるなどの配慮をした。
(2)事故態様
平成16年11月3日当時の被告施設の入所者は92名で、本件事故当時、85名が食堂において昼食を摂っていた。
同日、10名ないし11名の職員が勤務しており、本件事故当時、5名の職員が食堂内を巡回するように見回りをしていた。
被告施設において、食堂で食事を提供する際、誤嚥やむせの危険がある入所者を職員の目が届きやすいようにまとめて着席させており(食堂にあるテレビに向かって左側の位置)、Aは、同日そのような位置の椅子に座っていた。
同日午後0時5分ころ、Aは、刺身(大きさは概ね縦二五ミリメートル、横四〇ミリメートル、厚さ五ミリメートル程度であった。)を食べていたところ、顔色が悪くなり、Aの前に座っていた他の入所者が異変に気が付いて看護師に報告した。
(3)事故後の経緯
看護師はAの咽頭内に手を入れて義歯とまぐろの刺身一切れを取り出した後、Aを居室に移動させ、吸引機で吸引を施行したが、異物の確認はできなかった。
その後職員らはAをストレッチャーに臥床させ、心臓マッサージ、酸素吸入を開始するとともに、隣接する病院の医師を呼び出した。
医師はAに吸引を施行して気道内にあったはまちの刺身一切れを除去し、気管内挿管を行った。
同日午後0時20分ころ、Aの心肺は回復したが、意識は戻ることはなく、同人はそのまま入院することとなった。
Aは人工呼吸器をつけられたが、意識を回復することなく植物状態となり、同月17日に死亡した。
(4)判決文ハイライト
「本件事故日にAに提供されたまぐろ及びはまちの刺身の大きさは健常人が食べるのとそれほど異ならない大きさであるが、被告施設は嚥下しやすくするための工夫を特段講じたとは本件証拠上認められない。刺身、特にまぐろは筋がある場合には咀嚼しづらく噛み切れないこともあるため、嚥下能力が劣る高齢の入所者に提供するのに適した食物とはいい難く、職員は、Aの嚥下機能の低下、誤嚥の危険性に照らせば、Aに対しそのような刺身を提供すれば、誤嚥する危険性が高いことを十分予想し得たと認められる。
以上のことなどから、被告施設がAに対し刺身を常食で提供したことについて、介護契約上の安全配慮義務違反、過失が認められる。」
(5)認定損害額の主な内訳
逸失利益285万円
慰謝料1500万円 遺族の付き添い看護費67万円 葬儀費用150万円
(6)外岡コメント
本件四品目を常食で提供していたことにつき、被告は以下のように複数の主張をしています。①「Aは合計35回に渡り本件四品目を常食で摂取していたのであり、本件誤嚥は予見不可能であった」、②「Aの希望に応えることが生活の自由、尊厳の確保につながり、施設での生活に潤いを与えることになるから、本件決定は相当であった」?「常食の摂取がリハビリにもなる」④「ケアプランの変更を行う際、家族に説明し了解を得ていた」
しかし、裁判所は①については単なる結果論にすぎず、②については「Aはかなり高齢で認知症が進んでいたことは明らかであり、Aが誤嚥の危険性及び誤嚥した場合には死という重篤な結果が生じ得ることを十分認識し、かつ、そのような判断を一人でするのに十分な能力を有していたとは考え難い」とし、?については「それまで全粥、ペースト食だけを摂取していたAに突如本件四品目を常食で提供することを開始し、他方、それ以外の食事においては従来の全粥、ペースト食を継続しており、リハビリテーションの側面を考慮して本件決定を行ったというのは疑問であると言わざるをえない。」とし、更に④に関しては「施設サービス計画書には本件四品目を常食で提供することに関する記載は見当たらない」として全ての主張を退けました。
考えてみれば当然とも思われる結論ですが、一点疑問なのは、うな重や寿司などの高級品をそれほど多数回提供して、その予算はどこから出ていたのかという点です。家族側に請求されなかったため、家族が気づくことも無かったのでしょうか。施設側からすれば良かれと思ってしたことが裏目に出たと思われる所でしょうが、これはやや行き過ぎのサービスである印象が否めませんね。