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事例番号は前出の表に対応しています。

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事例14

  • 京都地方裁判所判決/平成22年(ワ)第3676号
  • 平成25年4月25日
  • 請求額3945万5594円/うち2640万円を認容。
  • 医療法人の運営するショートステイにて利用者がとろみ食を誤嚥し窒息死した事案

本件の利用者は50歳と若く、またこれまでみてきた様な固形食・刻み食等では無く、とろみ食を誤嚥して施設側に責任が認められたという点でも珍しい先例といえます。利用者には子供もいましたが、本件で提訴したのは夫だけでした。

(1)利用者の状態

 女性 50歳 平成18年2月27日 誤嚥性肺炎による入院から退院。日中は別法人のデイケア、夜間は在宅にて介護を受ける生活を続け、同年4月26日9時50分、被告施設に入所。
 Aはマシャド・ジョセフ病(脊髄小脳失調症3型)という脊髄小脳変性症を有しており、嚥下障害があり、誤嚥性肺炎で過去二回入院していた。
 二度目の退院当時は起立・歩行障害、嚥下障害等の症状を呈しており、移動は室内・室外とも車椅子。排泄、入浴、食事の全てにおいて介助が必要な状態であった。言語機能も著しく低下しており、Aの発する言葉は近しい者以外にはほとんど理解ができないものになっていたが、A自身の理解力や聴き取り能力には問題がなく、人が話す内容や周囲の状況は理解していた。痛みや苦しみを身振り手振りで周囲に伝えることは十分できた。
 被告施設入所前は三食ともにとろみ食を摂取。お茶にもとろみを混ぜていた。Aの食欲は割と旺盛で、食事時間は概ね10分前後(遅くとも20分)。もっとも担当医師は胃瘻の検討も勧めていた。
 被告施設はいわゆるショートステイであり、医師及び看護師は常駐していなかったが,日勤帯(午前9時から午後5時まで)においては看護師が勤めていた。施設には,日勤帯において利用者の様子が急変した場合について,すぐに看護師に知らせること等を指示するマニュアルが存在するが,夜勤帯についてはこのようなマニュアルは存在せず,現場の責任者である管理者に知らせるように指導されていたに過ぎなかった。
 Aの入所に備え,管理者である丙から被告施設職員に対しては「Aが難病により嚥下能力が低下しており,誤嚥を起こしやすいこと,全量食べなくとも一定時間で食事を切り上げるべきこと」が,申送り事項として口頭で伝達されていた。

(2)事故態様

 平成18年4月26日の入所一日目の夕方である18時5分頃から、Aは職員甲の介助を受けながら夕食を開始した。
 しばらくして甲は他の利用者の排泄介助を行うためAの傍から立ち去り,すぐ近くにいた乙職員が代わりに食事介助を行おうとした。乙は,それまで別の利用者の食事介助を行っていたため,Aの様子を認識していなかったが,この時点で,Aは,夕食を約3割摂取したに過ぎなかった。
 乙はスプーンで食べ物をAの口に運んだが,Aは,既に食した食べ物が口から零れ出てくる状況で,問いかけに対しても,手を少し動かして「いらない」というような動作をしたほかは発語や反応がなく,疲れた状態であった。
 乙は結局,それ以上Aに食事を一口も与えることなく夕食を切り上げ,Aの口腔内に残渣物がないことを確認した上で,Aにむせや苦しがるような仕草が見られなかったため,誤嚥は生じていないと判断し,Aの呼吸状態を確認せず,ひとまずAを居室に連れて行くことにした。
 Aは,午後7時15分を少し過ぎたころ,居室に戻った時点で,発汗があり,顔面蒼白でぐったりしていた。このときの体温は36.3℃であり,血圧は測定できず,乙が胸に手を当ててみると心拍は微弱であった。

(3)事故後の経緯

 乙は,深刻な事態だと感じ,Aの異変について管理者に連絡し、19時29分頃救急車が呼び出された。
 19時38分頃に救急隊が到着し、職員が救急救命士に対し「Aは食事が喉に詰まり、意識が低下した」と説明した。Aは,既に心肺ともに停止しており、その意識レベルはJCS300(刺激に対して全く反応しない状態)であった。
 救急隊員は、Aに対し心肺蘇生措置を実施したが心肺が動き始めることはなかった。

 20時6分、Aを乗せた救急車が病院に到着しAに心肺蘇生措置が施されたが、血管収縮剤の投与時のみ一時的に心拍が戻るものの,すぐに心拍が確認できなくなる状態であった。
 20時35分、搬送先病院で死亡が確認された(死因は窒息)。

(4)判決文ハイライト

 「とろみ食は,その粘性により,誤嚥を防止するための食事であって,かたまりを形成して口腔内及び食道を移動する特性を有する。とろみ食によっても,誤嚥の可能性が排除されるわけではない。とろみ食の誤嚥が生じた場合は,かたまりを形成するとろみ食の特性から,気管上部(声帯のある気管入口付近)で気道を閉塞する可能性が大きい)。気管上部で気道が閉塞された場合,通常,急激なむせや呼吸苦の症状がみられる。しかし,気道が部分的に閉塞した場合(不完全閉塞)には,ガス交換不良から意識レベルが徐々に低下していき,上記の急激な症状は現れないこともある。また,上気道よりも可能性は低いが,比較的大きなかたまりが気管内に入り込んだ場合は,とろみ食が主気管支を閉塞することもある。この場合も,一般に,強いむせ込みがみられる。
 もし,Aのような難病による嚥下障害がある入所者の場合,食事中に食べ物を口にしない状況があったとすれば,それは誤嚥による呼吸困難を疑う必要があったといわなければならないから,甲は,Aの鼻や口からの吐息を注意深く観察するとか,Aに問いかけるなどして,呼吸の有無と程度を確かめるべきであったし,これを確かめておれば,乙への交代時の二,三十分前には,Aの呼吸状態が極めて悪いことに気付くことができたものというべきである。
 甲は,Aの呼吸状態に注意しようという意識が足りず,Aの呼吸不全を見逃したものといわなければならない。また,夕食の3割しか食していないのに1時間以上も食事を切り上げていないのは,Aの病状からすれば異常な事態のように見えるが,甲がこの状態を異常なものと認識していなかったのは,被告施設の管理者である丙が,Aの食事介助に当たる者に対する特段の注意喚起を怠ったことにも由来するものというべきである。
 したがって,本件事故は,被告の被用者である丙と甲の過失によって発生したものということができる。乙への交代時の二,三十分前の時期に呼吸不全に気付けば,甲を含む被告施設の職員により,呼吸を阻害する食べ物を吐き出させる,吸引機によりその食べ物を吸引する,それが出来ない(許されない)なら直ちに救急通報するという行動が可能だったはずである。そして,Aの死亡が気道完全閉塞による急激なものでなかっただけに,そのような行動がとられていたなら,Aが死亡することはなかったものというべきであるから,被告は,民法715条に基づき,後記損害を賠償すべき責任を負う。」

(5)認定損害額の主な内訳

 障害基礎年金等の逸失利益 0円 Aの慰謝料 2100万円
 原告固有の慰謝料 300万円  弁護士費用240万円

(6)外岡コメント

 被告側は「Aの死因は誤嚥ではなくマシャド・ジョセフ病による突然死である」と主張し、また「仮にAの死因が誤嚥であったとしても,Aには,むせや苦しがったりする様子はなく,誤嚥を疑わせる様子はなかったから,誤嚥を前提とする措置をとることはできなかった。また,被告施設には医師や看護師は常駐しておらず,介護職員のみでは吸引の措置はとれなかった。」とも主張しましたが判決では容れられませんでした。
 原告固有の慰謝料の額の根拠について判決は、「原告本人尋問の結果によれば,原告は仕事の傍ら,難病のAに対する献身的な介護をしてきたことが認められる。本件審理に顕れた一切の事情を考慮すると,Aの死亡によって被った原告の精神的苦痛を慰藉するための慰藉料の額は300万円が相当である。」。と判示していますが、ここまで理由を明示するケースは珍しい方であるといえます。もっとも、これでは被害者の生前に、残された遺族たちが如何に献身してきたかをPRすればそれだけ獲得できる慰謝料も増すという誤解を与えてしまいかねず、いささか問題があるのではないかと思われます。さりとて交通事故の様にある程度均一化することも困難であり、慰謝料の乱高下と根拠付けは裁判所にとっても毎回頭の痛い課題であるといえるでしょう。