事例番号は前出の表に対応しています。
事例17
- 松山地方裁判所判決/平成24年(ワ)第1125号
- 平成26年4月17日
- 請求額2335万2202円/1564万9202円を認容。
訪問介護でも誤嚥のリスクは当然ありますが、施設と違いマンツーマンでみるためか、これまで誤嚥事例は見当たりませんでした。サ高住の台頭に伴い、今後増加が予測されるパターンです。
(1)利用者の状態
女性 87歳 認知症 平成20年4月より要介護度2 夫と在宅で生活。息子は近所で生活。
平成18年12月から、週三回近所のデイサービスにてリハビリや入浴介助等を受けていた。
平成21年1月21日 被告(社会福祉法人)との間で訪問介護契約(食事の提供や服薬管理等の生活援助、必要時にトイレの誘導、食事、水分、服薬などの声かけ等)を締結。
同年12月2日、Aにそれまでにはなかった痰が見られたことから、ヘルパーから連絡を受けたサービス提供責任者がAの様子を観察し、Aの咀嚼能力や嚥下能力に問題が生じているとは考えなかったが、念のため当日の食事を一口大の大きさにして提供するようヘルパーに指示した。
平成21年12月8日より腰痛や下肢筋力低下が生じ、要介護度3に
訪問介護サービスに身体介護(移動時の声掛け,見守り,介助)と,尿失禁や便失禁等に対処するための身体介護(トイレ誘導,介助,陰部清拭,陰部洗浄)が加えられた。
平成21年12月22日、デイ利用中、Aが肉を喉に詰め顔面蒼白の状態になるという誤嚥事故が生じた。現場スタッフが指を挿入して異物を取り除いたことから大事には至らなかった。デイ職員は当該事故事実を原告家族に連絡したが、被告には連絡しなかった。
事故当時、Aの歯は、上下とも前歯はなく、2、3本しか歯が残っていない状態であり、入れ歯も使われていなかった。
(2)事故態様
平成21年12月26日、訪問介護員のCが居宅を訪れ、Aに対し昼食にうどんを調理し、午前12時頃提供した。うどんには具材として円形で直径6cmないし7cm程度のさつま揚げ様の揚げ物が使用されていた。本件揚げ物は、Aの息子の妻が購入し冷蔵庫内に備え置いた食材であった。
CはAに対し、本件揚げ物を切って調理することなく麺の上に盛り付け原型のままの状態で提供した。Aの食事中、CはAに声を掛けるなどしながら台所内にある流し台で洗い物をしていた。同日12時38分ころ,Aが「喉につまった。」と言った。
(3)事故後の経緯
異変に気付いたCは、直ちに口内の確認をし、Aの背中を叩いたりハイムリッヒ法を実施した。また被告事業所に電話をして状況を報告するとともに救急車を呼ぶよう依頼した。そしてAの口に手を入れて喉を突いたり、みぞおちを圧迫するなどしたが、異物を取り出すことはできなかった。
同日12時55分、救急車が本件居宅に到着しAは病院に搬送された。しかし翌日Aは死亡した。
(4)判決文ハイライト
「本件事故当時、本件揚げ物を原型のままAに提供することは、客観的にみて本件事故のような重大な窒息事故を発生させる危険性のある行為であったと認めることができる。したがって、Aに食事を提供するに際しては、本件揚げ物を一口大程度の食べやすい大きさに切って提供するなど、本件事故のような重大な窒息事故を発生させないような配慮がなされる必要があったといえる。
そして、介護事業者であり、本件訪問介護契約に基づきAに対して訪問介護サービスを提供していた被告は、これを認識していたと認めることができる。したがって被告としては、本件揚げ物を原型のまま提供した場合に発生するおそれの結果、つまり本件事故のような重大な窒息事故の発生を予見することができたと認められる。
そうすると、本件訪問介護契約に基づく訪問介護サービスの提供として本件うどんを提供しようとした被告のヘルパーであるCには,本件揚げ物を一口大程度の食べやすい大きさに切って提供するなど,本件事故のような重大な窒息事故が発生しないよう配慮すべき注意義務があったといえる。しかるにCは、これを怠り、Aに対し本件揚げ物を切って提供することをせず原型のままこれを提供したのである。この点につきCには、調理方法における過失が認められる。」
(5)認定損害額の主な内訳
治療費4万円 死亡慰謝料 1300万円 葬儀費用120万円 弁護士費用140万円
(6)外岡コメント
原告は、大きなさつま揚げをそのまま利用者に提供したことの他にも、①ヘルパーが事故当時Aの見守りをせず他の作業を行うなどしていた、②救護活動に不備があったことも主張しました。しかし判決は、この両方の責任を否定しました。
その理由として、裁判所は①「Cはテーブルに本件うどんを配膳した後、同テーブルで食事をするAに声を掛けるなどしながら同じ台所内にある流し台で洗い物をしていた。本件居宅の台所が小さな台所であり、Aが食事をしていたテーブルと、Cが洗い物をしていた流し台がすぐ近くにありその間を隔てる物が何もないことに鑑みれば,他の作業をしつつ,声掛けをしながら見守るというCの行動は,見守りの方法として不適切であるとはいえない。」とし、また②については「直ちに背中を叩いたり、ハイムリッヒ法を実施するなどの救護措置をとり、救急車を呼ぶ手配をしているのであり、この点につき格別不適切な点は見あたらない。」と判示しています。誤嚥事故の事後対応については免責のための要件がだいぶ固まってきた観があり、現場にも最低限これだけのことを一人でこなせるよう指導・研修を徹底しておけば、怖いものはないといってよいでしょう。①についてはマンツーマンでの「見守り」の定義・範囲について新たな指針を示したものであり、かつ実態に即した妥当なものであると思います。