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事例番号は前出の表に対応しています。

...

事例3

  • 神戸地方裁判所/平成14年(ワ)第1887号
  • 平成16年4月15日
  • 請求額2882万円/請求棄却。
  • 介護老人保健施設の入所者がパン粥を食し嚥下障害により死亡した事案

老健での朝食時、一つのテーブルで二人を介助している状況の中、その内の一人がパン粥を誤嚥し死亡したという事案です。当時直接Aを担当していたヘルパーのBも共同被告として提訴されており、かかる構成は珍しいものといえます(通常は雇用主である法人だけが提訴される)。

(1)利用者の状態

 男性 82歳 老人性痴呆症、骨粗鬆症、白内障及び緑内障で全盲
 平成11年5月14日被告施設入所

(2)事故態様

 平成12年3月3日の朝食の献立は、ベーコンと野菜の炒め物、ヨーグルト、牛乳と真ん中にクリームがあり、その上に缶詰のみかんのようなものが3切くらい載った大きなパンであった。午前7時40分ころから、3階食堂の四角テーブルの長辺にAが車いすで位置し、短辺には別の入所者Iがすわり、両名の間のテーブルの角のところにBが座って2名の食事の介助を開始した。
 食事中のAの姿勢は、リクライニングの背もたれはおおむね60度に起こし、枕を後頭部にあてがって前屈状態であった。Bは、自分の左手に位置しているAにはじめに牛乳を2口を吸い飲みで介助し、パンを小さめの1口大にちぎって口の中に入れたが、咳き込んでパンを吹き出した。そこで、ヨーグルト2ないし3口をスプーンで介助した。2口目から口にためている時間が長かった。副食のレタスベーコン炒めは1口食べてむせたので、その後は介助しなかった。
 当日、AはよくむせるのでBはパン粥をスプーンで1口介助したが、なかなか飲み込めず、しばらく口の中に溜めていたので、飲み込むようにうながすと、ようやく飲み込んだ。その後、Bは隣のIを介助しながら、Aの様子を観察していたが、むせたり、咳き込んだりする様子はなく、何ら異変はなかった。
 午前8時にBは一旦席を立って下膳の手伝いをして、同日午前8時5分ころ、再びAに対して、食事介助を始めた。再開後、Bは、Aに再びパン粥を1口介助したが、口を開けようとしないので、Iの介助をしていたところ、午前8時8分頃、急にAが「ヒーヒー」と言い始め、顔面蒼白となった。

(3)事故後の経緯

 Bは2分間くらい、体を前傾させて背中をたたいたが、変わりがなく、医務室にAを運び、看護師が吸引機により吸引を開始したところ、パンらしきものが少量吸引できた。さらに、Bが掃除機にノズルを付けた吸引機で吸引したが、異物は吸引できなかった。その後、Aは車いすから降ろされ、看護師がアンビューバックでの人工呼吸をし、心臓マッサージをしたところ、Aは、一旦は自発呼吸を開始したが、すぐに停止し、午前8時25分に連絡をうけて病院の医師が医務室来たが、すでに瞳孔が散大し、反応もないようであったので、病院の救急室に搬送するように指示し、搬送中及び救急室で心肺蘇生術を継続しつつ挿管の準備をしたが、瞳孔散大が続き、対光反射も消失し、末梢チアノーゼも出現し、午前8時40分に死亡と診断された。

(4)判決文ハイライト

 「誤嚥のメカニズムは、ア 食物の認識、イ そしゃくと食塊形成、ウ 咽頭への送り込み、エ 咽頭通過、食道への送り込み、オ 食道通過の5段階から形成されるところ、被告職員であるBとしては、Aにおいて、本件事故において生じたオの段階の誤嚥の兆候は認識していないのであるから、Aが介助したパン粥を口に溜め込み、なかなか飲み込まないという事態を受けて、上記誤嚥の可能性を認識することは不可能であり、仮に認識すべき義務があるとすると、これには、食事介護中は常に肺か頸部の呼吸音を聞く必要があり(但し正確に聞くには熟練が必要である)、また、誤嚥を一番正確に評価するには嚥下造影をすることになるが、このようなことを病院でない特別養護老人ホームの職員に義務づけることは不可能を強いることとなり、このような義務を認めることはできない。
 以上を前提とすると、原告らが主張するBの注意義務違反はいずれも認められない。
 原告ら主張のBの注意義務違反行為は、いずれも、エの段階の誤嚥が生じないようにするためであるから、本件では、その前提を欠き、理由がない。同オの注意義務のうち、口の中に指を入れてかき回す(咽頭反射を引き起こして吐かせる)、ハイムリッヒ法(横隔膜の圧迫によって詰まったものを吐かせる)を行う義務については、前記事実からして、Aに対して功を奏しないものであるから、このような注意義務を認めることはできず、また、吸引の措置については、それが本件において有効であったか疑問である上、前記認定の経緯と3階食堂及び医務室の位置関係(乙16)からして、吸引の措置を取ることが遅きに失したとまではいえない。同カについては、前記認定の事実からして、Bにおいて、Aに対する救命措置について落ち度があったと認めるに足りる具体的な事情はうかがわれない。
 以上から、Bの注意義務違反行為は認めることができない。
 さらに、原告らは、①Aは本件事故の2ないし3日前からむせることが多かった。②BがAに対して、牛乳を介助したとき、ちょっとむせるような感じであった。③BがAに対して、最初にパンを1口大にちぎって介助したが、なかなか嚥下できず、苦しそうであった。④BがAに対して、パン粥を介助したときも、Aは飲み込むのがしんどそうであった。⑤介助したパン粥は3ないし4口であったから、Bには過失があると主張している。
 しかし、検証の結果には、Aが本件事故の2ないし3日前からむせることが多かった旨の記載がなく、その他、これを認めるに足りる的確な証拠はない。ちょっとむせるような感じ、苦しそうである、あるいは、しんどそうであるというのは主観的な評価であり、このようにBが感じたとしても、そのことから本件事故においてAに生じた誤嚥を予見しえたとはいえないし、パンをそのまま介助したか否か、パン粥の量が1口であったのか、3ないし4口であったのかについては、Bは、Aに生じたオの段階の誤嚥を予見できなかった以上、エの段階の誤嚥に関係する上記事実はいずれもBの過失の有無の判断を左右する事実とは評価できない。」

(5)認定損害額の主な内訳

 0円

(6)外岡コメント

 原告は上記の他にも、Aは当時抗うつ剤であるミラドールを服用していたため、副作用として嚥下困難や喉の渇きが生じるところ、被告施設は特に高度な注意義務を負っていたとも主張しました。しかし判例は、Aにおいて、ミラドールを服用したことによって悪性症候群が現れた事実はなく、嚥下困難や喉の渇きが生じていることもないから、当該事実によって、過失の有無の判断が左右されることはないと判示しこれを退けました。
 「本件事故の2ないし3日前からむせることが多かった」との主張についても、介護記録にはそのような記載は無いとの理由で否定しており、日常の記録の重要性を再認識できる先例であるといえます。