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転倒事例の個別検討

事例番号は前出の表に対応しています。

...

事例1

  • 東京地方裁判所判決/平成13年(ワ)第21116号
  • 平成15年3月20日 判決
  • 請求額3315万7625円/うち686万6145円を認容。
  • 医院のデイケアでの送迎バスを降りた直後の転倒による骨折・死亡事案

 デイケアでの帰りの時間に、利用者が車を降りようとしていた間に運転手兼送迎員が他の作業をしていたため目を離していたところ、転倒骨折した事案です。
送迎時の事故を扱う裁判例は意外に少なく、外岡の知る限りではこれ以外には№23のみです。デイサービス等では日常的に送迎が行われており、高齢者はちょっとした衝撃でむち打ち症や骨折に至るため、今後同系の裁判例の増加が予測されます。

(1)利用者の状態(以下、全事例について利用者を「A」と呼称します)

男性、78歳 貧血状態 体重は減少傾向 自立歩行は可能(送迎の際介護士は、Aが歩くそばを離れずに見守っていたものの、通常は手を貸すということはなく、その必要もなかった)
中等度の認知症(簡単な話であれば理解し判断することができ、例えば、その場に起立しているように指示した場合、その指示を理解し、そのとおりにすることは可能)

(2)事故態様

 平成11年12月10日、Aは被告医院のデイケアへ通院し、同日午後5時30分ごろ、被告の雇用する介護士Bの運転する送迎バスにより自宅マンション前まで送り届けられた(当時同乗者はB以外に無し)。自宅前に着いたBは、送迎バスを停車させ運転席から降り、同車の左側のスライドドアを開け、座席の下から踏み台用のコーラケースを取り出して、後部座席に座っていたAを呼び、Aを降車させた。Aは、他の者の介助を受けずに、座席から車内の通路を歩いてドアから歩道に降り立った。
 Bは、Aが送迎バスを降車した後、踏み台用のケースをもとの場所へ片づけ、スライドドアを閉めて施錠する作業をしていた。そのとき、Aの声が聞こえたため、Bが振り返ったところ、Aが転倒しかかっていたので、BはAに手を差し伸べたが、その転倒を防ぐことができなかった。Aが転倒をした場所は、歩道の舗装部分と未舗装部分の境目で、やや未舗装部分寄りのところであった。
 Aは、本件事故後にレントゲン検査を受けた医院において、右大腿部けい部骨折と診断され、同日別の医院に入院した。

(3)事故後の経緯

 Aは、入院先の医院において右大腿部けい部骨折に対する治療を受けた。入院後のAは、ベッドに寝たきりの状態であり、食欲も低下していった。
 平成12年1月5日ころより、Aに咳嗽、発熱及び痰などの症状が現れ、同月七日に行われた胸部レントゲン検査によって肺炎が疑われたことから、同日、転院し、肺炎と診断された。その後もAに対する肺炎の治療が行われたが、肺炎が改善して栄養補給のための経口摂取を開始すると誤嚥性肺炎を起こすという経過を繰り返し、徐々に全身機能が低下していった。
Aは、同年4月29日、肺炎を直接死因として死亡した。

(4)判決文ハイライト(※判決文中、外岡が最重要と考える部分を、一部表現等を変え要約して掲示します。)

「被告の注意義務違反の有無について
本件事故当時、Aは、自立歩行が可能であって、簡単な話であれば理解し、判断する能力が保たれていたものの、貧血状態にあって、体重も減少傾向にあったのであるから、ささいなきっかけで転倒しやすく、また、転倒した場合には骨折を生じやすい身体状況にあったものということができる。また、本件事故の現場は、一部未舗装の歩道であって、必ずしも足場のよい場所ではなかったのであるから、Aが転倒する可能性があることは被告において十分想定することができたと考えられる。
 このように、Aの年齢、身体状況に加え、送迎の際に存在する転倒の危険に鑑みるならば、被告は、Aを送迎するにあたっては、同人の移動の際に常時介護士が目を離さずにいることが可能となるような態勢をとるべき契約上の義務を負っていたものと解される。
 ところが被告は、本件事故当時、Aを送迎する送迎バスに乗車する介護士として、運転手を兼ねたB一名しか配置しなかった。そして、Aが送迎バスを降車した後、Bは踏み台用のコーラケースを片づけたり、スライドドアを閉めて施錠するなどの作業をする必要があって、同人がAから目を離さざるを得ない状況が生じ、BはAが転倒することを防ぐことができなかったものである。被告としては、Bに対して、送迎バスが停車してAが移動する際に同人から目を離さないように指導するか、それが困難であるならば、送迎バスに配置する職員を一名増員するなど、本件事故のような転倒事故を防ぐための措置をとることは容易に行うことができるものであり、そうした措置をとることによって、本件事故は防ぐことができたということができる。そうであるとすれば、被告は、Aの生命及び身体の安全を確保すべき義務を怠ったことにより、本件事故を防ぐことができず、Aの右大腿部けい部骨折の傷害を生じさせたものというべきである。
注意義務違反と死亡との間の因果関係について
 一般に、老年者の場合、骨折による長期の臥床により、肺機能を低下させ、あるいは誤嚥を起こすことにより、肺炎を発症することが多い。そして、肺炎を発症した場合に、加齢に伴う免疫能の低下、骨折(特に大腿けい部骨折)、老年性痴呆等の要因があると、予後不良であるとされていることからすると、本件のような事故が原因となって、大腿部けい部骨折を負った後、肺炎を発症し、最終的に死亡に至るという経過は、通常人が予見可能な経過であると解される。そうであるとすれば、被告の義務違反と、それによるAの肺炎の発症、死亡との間には、相当因果関係があるということができる。」

(5)認定損害額の主な内訳

 治療費47万円 入院雑費18万円 入院付き添い費14万円 
 逸失利益320万円 慰謝料1200万円 葬儀費用120万円
 (上記を含む合計額に6割を掛けた額が最終判示額)

(6)外岡コメント

 介護訴訟の黎明期における、かなり利用者寄りの判決であると評せるでしょう。A本人について過去に類似の転倒歴が特にみられなかったにも拘わらず(実際にはヒヤリハット事例があったのかもしれませんが)、一度の転倒で死亡までの因果関係を認めるというケースは、その後の裁判例の中でも類例が見当たりません(大抵は医学的知見から因果関係が否定される)また金額面も、6割もの過失相殺がなされてはいますが、結論としては比較的高額となっています。施設側が送迎業務をたった一人で賄っていたという点を重くみたのではないかと思われます。