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転倒事例の個別検討

事例番号は前出の表に対応しています。

...

事例11

  • 福岡高等裁判所判決/平成18年(ネ)第626号
  • 平成19年1月25日
  • 請求額2000万円/請求棄却。
  • 特別養護老人ホームでの転倒による骨折事案

 いつ、どのような態様で受傷したかが不明ではあるものの、前後関係から利用者本人が自力で移動した際に受傷したものと推定され、その事故責任について当該利用者は普段から職員の指示を理解し従っていたことを根拠に施設側の責任を否定した事案です。転倒系の事案で最終的に請求が認められないケースは数が少なく、高裁レベルでも施設側の責任が否定された例は現状この一例のみです。最終的な過失の有無の判定が大変困難な事例であったといえるでしょう。

(1)利用者の状態

 女性 88歳 自力歩行可能 視覚障害(ほぼ全盲の状態)老年性痴呆だが介護者との意思疎通はでき、介助による自力歩行でトイレや食堂に行っていた。通常夜間は居室で、昼間は廊下の長椅子に座って過ごしていたが、時々徘徊することがあったため、被告ホームの職員は所在確認と声かけ等により転倒防止に努めていた。

(2)事故態様

  平成14年12月13日午前7時30分頃、介護職員がAに居室で朝食を取らせるため訪室し、椅子を設置して食事の準備をし、Aを椅子に座らせた。そして、食事を持ってくるまで座って待つように言って、他の要注意入所者の食事の準備をするため部屋を離れた。
午前7時55分頃、巡回していた看護師が、Aが食堂(居室から20~30メートル離れた地点)の窓側の壁にもたれて座っているのを発見したので、Aを食堂のテーブルに座らせた。その後介護職員がAに食事をさせ、車椅子でAを部屋まで連れて帰った。
午前9時20分、看護師長が報告を受けAを観察したところ、Aは左大腿部と左第1指の痛みを訴え、左第1指が暗紫色を呈し膨張も認められたので、施設医に連絡したところ痛み止めと湿布剤を処方し、翌日来診予定の整形外科医の指示を仰ぐよう指示され、そのように処置した。

(3)事故後の経緯

 Aはレントゲン検査を受けた結果、左大腿骨頸部内側骨折、左拇指基節骨骨折の傷害が判明した。翌日整形外科に入院、左人工骨頭置換術を受け、さらにその後脱臼したため、同月26日人工骨頭摘出術を受け、平成15年1月20日肺炎により死亡した。

(4)判決文ハイライト

「本件事故は、Aが職員の指示に従わずに部屋を出て、自力で食堂まで歩いて行き、そこで転倒したものと推認することができるのであって、A側の主張(「車椅子で居室から食堂に移動中、車椅子を押していた職員の不注意により食堂付近で転倒した」)のような態様ではなかった。
確かに、Aは高齢でほぼ全盲ながら自力歩行が可能であり、徘徊の性癖があったものである。しかしながら、Aは、介護者との意思疎通は可能であり、前日までの食事の際には、介護職員の指示に従わないで居室を離れたことはなく、本件事故当日の朝食の際にも、職員の指示に従わないような様子は窺えなかったのであるから、Aが上記指示に従わずに居室を離れ、本件事故が発生する具体的なおそれがあったということはできないのであって、被控訴人の職員が本件事故の発生を予見することが可能であったということはできない。
また、本件事故発生当時は、前記のとおり、6階の約40名の入所者に対し、介護職員3名、看護師1名の態勢であり、しかも朝食の準備のための繁忙な時間帯であり、食堂のほか居室で食事をとる入所者が少なくなかったこと、Aが居室を出てから食堂に自力歩行して転倒するまでは短時間であったこと、指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準では、『入所者等の生命又は身体を保護するため、緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為を行ってはならない(12条4項)』とされていること等の諸事情も合わせ考慮すると、被控訴人の履行補助者である介護職員を含め被控訴人老人ホームの職員に注意義務違反があったとまでいうことはできない。
したがって、被控訴人に、被控訴人主張に係る安全配慮義務違反を認めることはできないから、被控訴人は債務不履行責任を負うものではない。」

(5)認定損害額の主な内訳

 0円

(6)外岡コメント

  本件での施設側責任否定の決め手は、普段からAが職員の指示に従っていたという事実認定になるのですが、右事実はそれまで蓄積された介護日誌をはじめとする記録から認定しているところ、如何に平素の正確かつ詳細な記録が重要かということがよく分かる事案であるといえます。結論の点でも稀有な先例であり、施設側を安心させる、数少ない事例の一つです。