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事例番号は前出の表に対応しています。

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事例12

  • 東京地方裁判所判決/平成13年(ワ)第26590号
  • 平成19年4月20日
  • 請求額6890万524円/うち813万537円を認容。
  • 老人保健施設での骨折・褥瘡事案

 老人保健施設の入居者が施設内で下肢を骨折し、褥瘡を生じたことにつき、施設の運営者に過失があったとされたものの、両下肢機能障害及び死亡との間の因果関係は否定されたという事例です。
 介護裁判例の中でも、1、2を争う大河ドラマ級のボリュームであり、複数の骨折から褥瘡、説明義務違反、損害論、それに伴う因果関係など、およそ考え得る論点が網羅的に展開されています。骨折から寝たきりになり、褥瘡発生という経緯の全てが裁判で全面的に争われるケースは珍しいといえますが、いざ実現した場合、ここまで長引いてしまう(平成13年の登録が19年にようやく判決という開きにも注目)という恐ろしさが実感できる裁判例です。

(1)利用者の状態

 女性 89歳 仙骨部に褥瘡発症の既往歴あり。
認知症 自力で歩行できない状態
平成11年8月31日、被告施設に入所。仙骨部の褥瘡は治癒していたが、褥瘡の跡が存在していた。
Aは入所当時、やせていて、認知症及び高血圧の症状を有しており、声を掛けても返事や返答がないなど、コミュニケーションを取るのが困難な状態であって、食事を自力で摂取することは可能であったものの、職員から食事を与えられても、口に入れたものを吐き出したり、手に取って投げつけてしまうこともあった。またAは食事以外については、すべてに介助が必要な状態であって、自力で歩行することは困難で、おむつを着用していた。その一方で、Aは、ベッドの上で激しく動いたり、突然起き出すことがあり、車いすから下りて床をはうことなどもあったことから、被告施設では、Aの予想外の行動に備え、できる限り、Aを職員の注意が届きやすいところに居させるようにしていた。なお、被告施設では、Aがベッドから転落するなどしないように、ベッドを最も低い高さにし、透き間が開かないように壁側に寄せ、さくを設けるなどしていた。

(2)事故態様

平成11年9月13日、Aの左下肢に内出血が発見された。被告施設の准看護婦は打撲と判断し、Aの左下肢の当該部位に湿布をはった。
 平成11年9月16日の診察時に、左下肢の3箇所が骨折していることが判明した。
  Aが被告施設入所中に、その左大転子部及び仙骨部に褥瘡が発生した。

(3)事故後の経緯

  Aは、平成11年9月30日、被告施設を退所し、平成11年11月4日、老人医療センターにて検査を受けたところ、右大たい骨骨折が判明した。
Aは、平成13年5月24日午後3時55分、死亡した。

(4)判決文ハイライト

「 ア 左下肢の骨折について
  …Aが被告施設において何らかの事故等によって傷害を負う危険性は相当に高く、また、仮にAが傷害を負ったとしても、A自身からその旨の報告を受けることは困難であり、傷害の発見及び治療が遅れ、症状の悪化が進行する危険性が高かったといえるのであるから、被告は、Aに対し、十分な注意を払い、常にその動静を注視し、Aが危険な行動をすること及びそれにより傷害を負うことを防止する注意義務を有していたというべきである。
  確かに被告は、ベッドからの転落又は転倒により傷害が発生しないよう、一応の対策を採っていたものということができる。しかしながら、上記のとおり、Aに対しては十分な注意を払うことが求められていたところ、Aがベッドから転落又は転倒をしたことをうかがわせる証拠がないことからすると、Aの左下肢の骨折は、それ以外の原因によって発生したものと推認されるのであって、被告の行った対策が、ベッドからの転落又は転倒以外の原因によるAの左下肢の骨折を防止するために十分なものであったということができるかには疑問が残るところであり、また、Aの左下肢の骨折が判明した後、内部の職員に対して面接等の調査を行ってもなお、Aの左下肢の骨折の正確な原因はおろか、その原因と疑われるような事情すら把握することができないでいることからすると、本件において、被告は、Aの左下肢に骨折が発生しないよう、その動静を注視し、Aが危険な行動をすること及びそれにより傷害を負うことを防止する注意義務に反したものといわざるを得ない。
  したがって、被告は、被告施設において、Aが左下肢を骨折したことについて、注意義務違反による責任を免れない。
 ウ 褥瘡の発生について
  Aは、もともと褥瘡を発生させやすい要因を有していたのであり、被告施設に入所中に、褥瘡を発生させる危険性が高かったものといえ、…被告は、被告施設において、Aに再び褥瘡が発生することがないよう、適切な体位交換、体圧分散、栄養補給等の処置を行い、仮に褥瘡が発生した場合には、その進行が悪化することを防ぎ、回復に向かうよう、速やかに薬剤の塗布等の適切な治療を実施する義務があったということができる。
  しかしながら、被告は、被告施設において、Aの入所時から左下肢骨折が判明した9月16日までの間、Aの体位交換をすることはなく、また、褥瘡対策に有効とされる無圧布団を使用することもなかったというのである。
  そして、被告には、Aが左下肢を骨折したことについての過失が認められるところ、Aは当該骨折により、ベッド上での生活を余儀なくされることになり、そのことがAの褥瘡の発生及び悪化に大きな影響を与えていることが明らかであることも併せて考慮すると、Aの左下肢が骨折していることが判明した日の以前に、Aに対して褥瘡が発生し悪化することの防止処置をしなかったことは、注意義務に違反したものといわざるを得ない。」

(5)認定損害額の主な内訳

 治療費182万円 親族の介護費用288万円
 慰謝料268万円 弁護士費用75万円

(6)外岡コメント

  複雑に錯綜した多数の論点の中でも、以下の議論が印象的といえるでしょう。「原告ら家族と被告との間に、賠償金支払の合意があった」という原告側の主張です。
 「Aの左下肢3箇所骨折の判明後、副施設長及び婦長は、原告家族に対して謝罪した。 また被告が12月6日に送付した経過報告の書面には、被告自身法的責任を明確に認めている旨の記載がある。また、その後も、被告は、治療費及び慰謝料を支払うことを明言している。よって被告は、上記約定に基づき、その支払をする義務を負う。」
これに対し判決は次のように判示し、当該主張を退けました。
「被告は、Aが入所中に褥瘡を発生させたことから、施設管理者としての誠意を表すため、原告らが支出した治療費等について、合理的な範囲で支払うとして交渉していたにすぎない。
職員らの謝罪は、入所者が施設内で負った傷害について、誠意を表すために行われた社会的儀礼的行為にとどまるものであって、被告が具体的な法的責任を認めたものであるということはできない。また、一定額の慰謝料、入院費等の支払をする旨の申出についても、いかなる範囲及び額について支払をするのかを具体的かつ明確にしてされたものではなく、被告が支払をする費用の範囲及び額を確定していくための交渉の一環としてされたものであるというべきであるから、上記のような申出がされたからといって、慰謝料等支払の約定があったということはできない。」
このような「事故後の交渉経緯」が判決文中明らかにされるケースは珍しいといえ、実際に施設側が裁判に至るまでの間、利用者側とどのような交渉をしていたかという点は実務上もおおいに参考になるといえるでしょう。