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転倒事例の個別検討

事例番号は前出の表に対応しています。

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事例23

  • 東京地方裁判所判決/平成23年(ワ)第33164号
  • 平成25年5月20日
  • 請求額1370万6000円/うち20万円を認容。
  • デイサービスの利用者が送迎前に車から降りようとして転倒・骨折。

 訪問介護で付き添い介助中、利用者が玄関のあがりかまちから転落し左大腿骨頸部内側を骨折。

(1)利用者の状態

 女性 87歳 要介護度1 事故当時、認知症のために物忘れなどの症状があったものの、会話による意思疎通は可能であったほか、身体機能については、入浴時の洗髪については被告職員の介助を要したが、一人で歩行することができ、トイレや衣服の着脱、車の乗降やシートベルトの着脱などの日常生活上の動作も自ら行うことができた。
Aは平成16年10月28日より被告の運営するデイサービスを利用し始めた。
Aは、平成21年11月29日、本件介護施設における介護サービスを受け、午後4時ころ、職員のCから、忘れ物がないことや排尿を済ませていることの確認をされた上で、本件宿泊施設に移動するために本件車両の側面にある出入口から自力で同車両に乗車した。なお、この日における本件介護施設の利用者の中で、本件宿泊施設に宿泊する予定であった者はAを含めて5名であり、本件車両の送迎サービスについてはCともう一人の職員であるDの2名が介助等を担当していた。

(2)事故態様

 Cは、Aが本件車両の運転席のすぐ後ろの席に座ったので、原告に対し、シートベルトを締めるように指示した。その上で、Cは、他の利用者の介助のために本件車両の後方にある車椅子用の出入口方向に向かったが、車椅子を利用する他の利用者に対する乗車介助をしようとした直後、「痛い」という原告の声を聞いて、Aが本件車両から降車しようとして転倒している状態を現認した。このとき、Dは、本件車両に背を向けて、本件介護施設の出入口付近で他の利用者を誘導していた。

(3)事故後の経緯

CがAの下に駆け寄ったところ、同人が「右足が痛い。」と訴えたので、Dと共にAを立たせて服を脱がし、右足のつけ根や腰を確認したが、外傷、熱感、腫れなどの異常所見は確認できなかった。このためCは、Aがその後も歩く際に痛みを訴える状態ではあったものの、自力での歩行が可能であったことや、看護師であるDから特段の指示もなかったことから、Aの状態は、すぐに医療機関の診察が必要なものではないと判断し、本件車両でAを本件宿泊施設まで送ったが、同車両を降りた後は車椅子を利用した。
 Cは、Aが本件宿泊施設に到着した後も歩く際に痛みを訴えたので、再度外傷等の確認を行ったが、異常所見は確認されなかったため、そのままAを宿泊させて様子を見ることにした。
Cは、本件宿泊施設から本件介護施設に戻った後である同日午後6時ころ、Aの後見人に電話し、Aが本件車両に乗車する際に自ら席を立って転倒したこと、Aは右足を打ったとして歩行の際に痛みを訴えているが、外傷、腫れ、熱感等の異常所見は見られないので様子を見るつもりである旨を伝えた。
これに対して、A後見人は、Aを病院に連れて行くなどの要望を述べることなく、Cの方針を了承した。
その後、本件宿泊施設に宿泊していたAは、同日午後7時ころ、自分でトイレに立ったが、本件事故後からの腰等の痛みが治まることはなく、継続している状態にあった。そして、同日の宿直担当者で、施設内を二時間置きに巡視していた職員Eは、そのころ、以上のようなAの状態を確認していた。
Cは、同日午後9時半ころ、Eに電話をかけた際、同人から、Aが歩くときに腰の痛みを訴えているが、トイレに自力で行けており、今は寝ているとの報告を受けた。その後、翌30日午前5時まで、EはAの状態に異常な点を確認することはなかった。
Cは、Aが翌30日の朝に、前日より増して足の痛みを強く訴えていたため、A後見人にかかる状況を報告して病院で診察を受けることを勧めた。Aは、同日午前10時ころに帰宅した後に整形外科病院に搬送されたが、同院で右大腿骨頸部骨折の診断を受け、同日、人工骨頭置換手術を受けるために公立総合病院に入院した。

(4)判決文ハイライト

「被告は、本件契約に基づき、個々の利用者の能力に応じて具体的に予見することが可能な危険について、法令の定める人員配置基準を満たす態勢の下、必要な範囲において、利用者の安全を確保すべき義務を負っていると解するのが相当である。
Aは、本件事故のあった平成21年11月当時、認知症のために物忘れなどの症状が認められたものの、要介護区分は5段階中最も軽い1であり、会話による意思疎通は可能であった上、入浴時の洗髪については被告職員の介助を要したが、自力で歩行することができ、トイレや衣服の着脱、車の乗降やシートベルトの着脱などの日常生活上の動作も第三者の介助に依らずに自ら行うことができたことが認められる上、Aは、本件介護施設において1日に三、四回程度トイレに行くことがあったが、被告職員に無断でトイレに立ったり、本件介護施設内で転倒したりしたことはなく、Aの家族から原告が頻尿であったり自宅で転倒したことがあるなどと報告された経過もなかったことが認められる。
 また本件事故は、Aを含む5名の利用者についてCとDの2名で送迎サービスを行っている状況下で、Cが、忘れ物がないことや排尿を済ませたことの確認とともに、本件車両の運転席のすぐ後ろの席にAが着席したことを確認した後に、車椅子を使用する利用者の乗車介助をするために本件車両の後方に向かい、また、Dにおいて本件介護施設の出入口付近で他の利用者を誘導していたごく短時間の隙に、Aが不意に席を立ち、本件車両から降車しようとして転倒したというものである。
これらの状況に照らせば、被告職員において、本件事故の当時、本件宿泊施設に移動するため、排尿を済ませ、忘れ物を確認した上で本件車両に乗車したAが、被告職員において他の利用者の乗車を介助するごく短時間の隙に、不意に動き出して車外に降りようとしたことについて、これを具体的に予見するのは困難であったと認められ、また、前記状況の下で、被告職員が、他の利用者のため、しばしの間着席していた原告から目が離れたことが、介護のあり方として相当な注意を欠くものであったということもできない。
以上によれば、被告が本件事故当時、常時Aが転倒することのないように見守るべき義務を負っていたとは認められないし、本件事故当時の状況に照らして、Aが転倒した本件事故が、被告の安全配慮義務違反によって生じたものであるとはいえない。」
(被告が本件事故の後、医療機関に速やかに連絡してAに医師の診療を受けさせるべき義務に違反したかについて)「被告(C、D及びE)は、Aが本件事故により転倒し、身体の内部に生じた何らかの原因によって右足ないしは腰部に痛みを生ずる状態となったことや、その後、この症状が短時間に解消するものではなく、継続的なものであることを認識したのであるから、遅くともEがAの痛みの状態を確認した同日午後7時ころまでには、医師に相談するなどして、その助言によりAの痛みの原因を確認し、医師の指示に基づき、その原因に応じた必要かつ適切な医療措置を受けさせるべき義務を負ったというべきである。」

(5)認定損害額の主な内訳

 慰謝料20万円

(6)外岡コメント

 本体となる転倒事故については責任を認めず、その後の速やかな受診義務違反として単独で慰謝料を認めた珍しいケースです。この様な結論の下し方を見ると、よく言えば裁判所は(原告・被告間の)「バランスをとっている」、悪く言えば玉虫色の決着であり、双方納得がいかない結論であるともいえるでしょう。いずれにせよ、判決ハイライト冒頭記載の「個々の利用者の能力に応じて具体的に予見することが可能な危険について、法令の定める人員配置基準を満たす態勢の下、必要な範囲において」義務を負うという規範は合理的かつ実用的であると評価できます。