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転倒事例の個別検討

事例番号は前出の表に対応しています。

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事例4

  • 横浜地方裁判所判決/平成15年(ワ)第1512号
  • 平成17年3月22日
  • 請求額3977万7954円/うち1253万719円を認容。
  • 介護老人施設内のデイサービスでのトイレ介護拒否後の転倒による骨折事案

 デイサービスの利用者が、夕刻施設内で送迎車を待つ間にトイレへ行こうとしたところ、職員からトイレ内への同行を提案されたもののこれを拒絶し、トイレ内で転倒した事案です。
死亡に至らないケースで1000万円超もの損害賠償が認められたという点、トイレ介護を本人が拒否したにもかかわらず施設側が免責されなかったという点で介護業界に大きな衝撃を与えた事案といえるでしょう。大変有名な判決の一つです。

(1)利用者の状態

 女性 85歳 要介護度2 70歳のころ転倒し左大腿骨頚部を骨折。
 何かにつかまらなければ立ち上がることはできず、必ず、手元においてある杖を支えに立ち上がっており、また、杖をついて歩行することはできたが、不安定で、いつ転ぶかわからない状態であり、本件施設内においても、常時、杖をついて歩行することにより移動していた。平成13年2月12日、本件施設の玄関ホールでつまずき、しりもちをついて転倒したことがあった。この転倒を契機に施設側は、Aの移動について全職員が注意し、その日のAの様子により、見守りまたは介助をするようにしていた。本件事故の前、Aが本件トイレを利用するにあたって、職員がトイレの中に入って便器までAの歩行を介護したことはなく、Aがこれを求めたこともなかった。Aは、本件施設で職員から介助を受けるときには、「大丈夫だから。」とか「自分で出来るから。」などと言うことが多かった。

(2)事故態様

 Aは、本件施設において、午後3時ころまで通所介護サービスを受けた後、同施設2階にあるソファーに座って、送迎車が来るのを待っていたところ、特に尿意等はなかったが、いつもどおりトイレに行っておこうと思い、杖をついて同ソファーから立ち上がろうとした。
 その動作を見た職員Cは、Aが前かがみになりそうになったことから転倒の危険を感じ、転倒防止のためAの介助をしようと考え、Aの側に来て、「ご一緒しましょう。」と声をかけた。Aは、「一人で大丈夫。」と言ったが、Cは、「トイレまでとりあえずご一緒しましょう。」と言い、上記ソファーから本件トイレの入口までの数メートルの間、右手で杖をつく原告の左腕側の直近に付き添って歩き、Aの左腕を持って歩行の介助をしたり原告を見守ったりして、歩行の介護をした。このときのAの歩行に不安定さはなかった。
 Aが本件トイレに入ろうとしたので、Cは本件トイレのスライド式の戸を半分まで開けたところ、Aは本件トイレの中に入っていった。Aは、本件トイレの中に入った段階で、Cに対し、「自分一人で大丈夫だから。」と言って、内側から本件トイレの戸を自分で完全に閉めた。ただしAは戸の内鍵をかけなかった。
 このとき、Cは、「あ、どうしようかな。」と思い、「戸を開けるべきか、どうするか。」と迷ったが、結局戸を開けることはせず、Aがトイレから出る際にまた歩行の介護を行おうと考え、同所から数メートル離れたところにある洗濯室に行き、乾燥機からタオルを取り出そうとした。一方、戸を閉めたAは、本件トイレ内を便器に向かって、右手で杖をつきながら歩き始めたが、2、3歩、歩いたところで、突然杖が右方にすべったため、横様に転倒して右足の付け根付近を強く床に打ち付けた。
 本件トイレの内部は、車椅子を使用して利用しやすいように、本件施設の通常の女性用トイレと比べ広く、トイレの入口の戸から便器までの距離は約1.8メートル、横幅は約1.6メートルとなっている。本件トイレの入口から便器まで行く間の壁には手すりがなく、手すりは便器のすぐ横に付いているだけである。

(3)事故後の経緯

 本件事故後、本件施設の職員がAの助けを呼ぶ声を聞き、本件トイレからAを助け出した。本件施設の職員は、Aを座らせた車椅子を手で押して、近くの整形外科に連れていき、診察の結果、右大腿骨頚部内側骨折と診断された。さらに別の病院に搬送されたAは、即日入院となり、その後、同月4日に手術(人工骨頭置換術)を施行される等の治療及びリハビリテーションを受け、同年9月17日に退院した。その後、Aは同病院に通院してリハビリテーションを受けた。
 Aは本件事故により、股関節について脱臼の危険度が高くなり可動域の制限ができた。独力では、起きあがることも、立ち上がることもできず、片足での立位もできなくなった。歩行については、杖をついての歩行は全くできなくなり、自宅内では、2ないし3メートル程度は歩行器を使用しながら歩行し、また後部から腰部を支えられて5メートル程度歩行することはできるものの、外出時は、車椅子を使用するようになった。
 排尿、排便はベッドのすぐ近くにおいたポータブルトイレで行うようになり、排尿、排便後の後始末は、直接的援助が必要となるなど、Aは生活のほぼ全てに全面的な介護を要する状態となり、要介護4の認定を受けた。

(4)判決文ハイライト

「Aが本件トイレの入口から便器まで杖を使って歩行する場合、転倒する危険があることは十分予想し得るところであり、また、転倒した場合には原告の年齢や健康状態から大きな結果が生じることも予想し得る。そうであれば、Cとしては、Aが拒絶したからといって直ちにAを1人で歩かせるのではなく、Aを説得してAが便器まで歩くのを介護する義務があったというべきであり、これをすることなくAを1人で歩かせたことについては、安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。
 この点、被告は、Aが本件トイレ入口において本件施設の職員に対し同トイレ内における介護を拒否したのであるから義務違反はないと主張する。
 確かに、要介護者に対して介護義務を負う者であっても、意思能力に問題のない要介護者が介護拒絶の意思を示した場合、介護義務を免れる事態が考えられないではない。しかし、そのような介護拒絶の意思が示された場合であっても、介護の専門知識を有すべき介護義務者においては、要介護者に対し、介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し、介護を受けるよう説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したというような場合でなければ、介護義務を免れることにはならないというべきである。」

(5)認定損害額の主な内訳

 治療費21万円 入院雑費11万円 将来の近親者介護費用 943万円
 慰謝料600万円 (主に上記額に過失相殺3割)
弁護士費用110万円

(6)外岡コメント

 将来の介護費用が特に高額となった事案です。Aさんが随時介護を要する状態になったことが要因といえますが、その計算式は以下の通りでした。
一日の介護費4000円 将来介護の期間は8年
中間利息をライプニッツ係数(将来受け取るはずの金銭を前倒しで受けたために得られた利益を控除するために使う指数)を用いて控除
(4000円×365日×6.4632=943万6272円)
 要は、事故態様に関係なく被害額は決まってしまうのであり、後遺障害が大きく認定されればそれだけ損失も膨らむという構図である訳です。また、死亡の場合は当該利用者の生前の収入(年金や役員報酬等)が逸失利益の算定根拠となります。施設側としては完全にコントロールできないリスクであるといえるでしょう。