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実際にあった介護裁判事例
転倒事例の個別検討

事例番号は前出の表に対応しています。

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事例7

  • 大阪高等裁判所判決/平成17年(ネ)第2259号
  • 平成18年8月29日
  • 請求額1503万7122円/うち1054万5452円を認容。
  • 特別養護老人ホームでの利用者同士のトラブルに伴う転倒による骨折事案

 特養施設内のショートステイにおいて、他の利用者に背後から車椅子を押されて転倒し後遺症を負った事例です。本事例は一審で利用者側が敗訴し、その控訴審になります。
利用者同士のトラブルから派生する事件は日常多くみられるにも拘わらず、このパターンの裁判例は送迎の場合(事例1)と同様少なく、外岡の知る限りではこの一件のみです。今後同系の裁判例の増加が予測されますが、施設側にとっては予防が困難であり、事故に至るまでの予測可能性が争われる傾向にあるといえるでしょう。

(1)利用者の状態

 女性 91歳 要介護度5 身長140センチメートルに満たず、体重約33キログラム程度の小柄な体格。
移動の際車椅子を使用していたが、第三者の介助を得れば自力歩行が可能であった。  B(Aの車椅子を押し転倒させた別の利用者)は、92歳の女性で、本件事故以前から認知症の状態にあり、当時要介護2の認定を受けていた。
Bは他人の物を自分の物であると勘違いすることがあり、元々喜怒哀楽が激しく、加えて認知症の症状が出てからは、暴言又は暴力とみられる行為に出ることがあった。

(2)事故態様

事故の発生した平成14年11月17日は3名の介護職員が勤務していた。
 Aは、デイルームの2列目のテーブル付近で車椅子に座ってテレビを見ていた。Bは、Aの車椅子を自らの物と勘違いしてデイルームに入っていき、Aの車椅子のハンドルを掴んだ。職員は、Bに対して、Bの車椅子を示し、ハンドルを掴んでいる車椅子はAのものであることを説明して部屋に戻らせた。その後、Bが、再度デイルームに行き、Aの車椅子のハンドルを揺さぶったり、Aの背中を押したりしていることに気づき、再度Bに言い聞かせて部屋へ戻らせた。
 しかし、Bはその後も、またデイルームへ来て、Aの車椅子のハンドルを揺さぶったり背中を押したりしたので、職員は、またBを部屋に戻らせた後、別室の入所者のおむつ交換を行い、更に、同室のベッドの上で失禁してしまった入所者の衣類交換を行っていた。
 ところが、デイルームからドスンという物音が聞こえ、職員がデイルームへと向かったところ、Aが車椅子の横に車椅子の方向とは反対方向を向いてうつぶせに倒れていた。車椅子は倒れておらず、Bは、車椅子の背後にハンドルを掴んで立っていた。

(3)事故後の経緯

 本件事故後、職員がAを抱え起こし、処置を行うために介護員室へ連れて行った。Aは、左前頭部を打撲した様子で、同箇所から血がにじんでいた。職員らは傷の処置として、同箇所にアイシングを行い、ほかに怪我がないか身体のチェックを行ったが、打撲痕等は見当たらず、Aが痛みを訴えるような態度を示すこともなかった。
病院に連絡したところ、医師は、1ないし2時間おきにバイタルチェックを行い、頭部にアイシングを続行するよう指示をした。同日午後9時30分ころ、Aの家族に電話で連絡し、本件事故が発生したことと怪我の状態について説明し、往診後に再度電話をして、医師に診てもらったところ大丈夫であると説明し、来園する必要はないと言った。
 後日Aは病院において受診し、頭部のレントゲン撮影及びCT検査を受け、頭部外傷Ⅱ型と診断され、脚部に骨折の疑いはないと判断された。
 11月26日に整形外科を受診したところ、左大腿骨頚部骨折と診断され、29日に手術を受けた。平成15年1月21日、両股・膝関節拘縮、両下肢の機能全廃との障害名で、身体障害者等級1級に認定された。Aは平成16年9月28日に死亡した。

(4)判決文ハイライト

「Bは2度、3度と重ねて執拗にAの乗っている車椅子は自分の物であると主張し、しかも、その行為も、単に車椅子を掴むというものではなく、これを揺さぶり、さらに、Aの背中を押したりと直接有形力を行使していたものである。このようなBの行動に照らせば、Bは、職員の説得には納得せず、その後も継続してAに同様の行為を行うことは予測可能であったというべきであり、Bの行動は、さらにエスカレートしていくことも十分に予測可能であったといえる。
 しかも、Bは日頃から、不機嫌となって介護職員に対し暴言を吐いたり暴力的な行為をしたり、更衣に際し、興奮、立腹し、暴言を吐いたり、職員の手や体を叩いたりして抵抗した、また、大声を出したり、職員に手をあげ、足で蹴ろうとした、職員が着替えをさせようとすると、引っ掻く、叩くなどして抵抗し、着替えをさせることができなかった等の暴言や暴力行為を行っていて、職員においては、このようなBの言動を承知していたはずである。…そうであれば、職員は、単にBを自室に戻るよう説得するということのみではなく、さらに、Aを他の部屋や階下に移動させる等してBから引き離し、接触できないような措置を講じてAの安全を確保し、本件事故を未然に防止すべきであったものというべきところ、このような措置を講ずることなく、本件事故を発生させたものであり、被控訴人には、安全配慮義務の違反があるといわざるを得ない。
以上によれば被控訴人には、本件事故につき安全配慮義務の違反があり、Aに生じた損害について、これを賠償する責任があるというべきである。」

(5)認定損害額の主な内訳

 治療費47万円 入院雑費13万円 入院付き添い費53万円
 逸失利益320万円 障害慰謝料150万円 後遺障害慰謝料 500万円

(6)外岡コメント

 事故後に何度か診察をした際には痛がることなく、骨折の発見が遅れたという事情があったことが分かります。このように利用者本人が痛みに敏感でないため、隠れた骨折や痣などの発見が遅れることはままあり、施設側の対応が困難であるといえます。
 利用者同士のトラブルは、本件のような事故に至らない口喧嘩のレベルであったとしても、利用者家族へ誤った情報が伝わる等し、虐待疑惑がかけられる等、思いもよらない大事件に発展する可能性があります。日常業務だけでなく全利用者の関係の調和にも目を配る必要があるということです。