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転倒事例の個別検討

事例番号は前出の表に対応しています。

...

事例9

  • 大阪高等裁判所判決/平成18年(ネ)第1843号
  • 平成19年3月6日
  • 請求額4300万円/うち652万9070円を認容。
  • グループホームでの待機指示後の転倒による骨折・死亡事案

 株式会社が経営するグループホームにおいて、入浴のために移動する際にリビングで「ここで待っていてくださいね。」と指示を受けた入居者が、職員が離れた間にトイレに行こうと歩き出し、トイレの入り口付近で転倒した事案です。職員と利用者間のコミュニケーション障害という括りでは、事例4.のトイレ介助拒絶事件と同系統といえます。

(1)利用者の状態

  79歳 認知症(多発性脳梗塞)要介護度3
 平成12年9月1日被告施設に入所。
 前のめり歩行と方向転換時にふらつき 夜間失禁 徘徊
医師は、転倒の危険性と動作開始時、トイレや風呂への誘導時の見守り等による対処の必要性を指摘していた。

(2)事故態様

 平成13年12月12日午後2時40分頃、被告職員BはAを二階の浴室で入浴させるため、Aの手を引いて階段を上がった。Bは、その途中でAに対しトイレに行くかどうかを尋ねたが、Aは行くとは答えなかった。
 Bは、湯温の確認等をするため、Aをリビングの椅子に座らせ、その横に位置する浴室および脱衣所で湯温の確認や目視によるチェック等をして戻ろうとしたが、Aはその間にトイレに行こうとして歩き出し、トイレ前で転倒した。

(3)事故後の経緯

 転倒後は、Aは身体をくの字に曲げ、膝を曲げて床に倒れていた。Bの位置とAの転倒場所は約3メートル離れているだけであり、付近には転倒の原因となるような物が床に置いてあるということはなかった。

(4)判決文ハイライト

「本件は、もともと、運動機能としては施設内の平坦な場所をつかまりなしに独立歩行が可能で、かつ、これまで独立歩行による転倒事故の一度もなかったAが、たまたま、施設職員が目を離した寸隙を縫ってトイレに向けて歩行途中に転倒したことについて、見守りというより具体的な安全配慮義務違反を問う事案であるが、被控訴人(施設)は、本件リビング及び周辺廊下等が平坦で、万に一つもAが歩行を開始したとしても転倒が具体的に予見されない場所的状況下、本件リビングに待機指示をして着座まで誘導しているのであるから、Aが単独歩行を開始するという予見可能性も、かつ、それまでの実績から歩行を開始しても転倒するという予見可能性も成立しないのに、見守り義務の名の下に、わずか十数秒、長くても2、30秒前後目を離して、Aの入浴準備をすることさえ許されないとの高度な注意義務の設定は過酷な要求であり、グループホームの設置目的、本件契約の趣旨から大きく逸脱する旨反駁している。
 しかして本件では転倒態様の目撃者がいないため、証拠上具体的な転倒態様と原因を直接に確定することはできないが、床の段差、障害物等の生活環境的要因が転倒の原因とはなっていないことからすれば、それは、A自身の身体的要因、具体的には両下肢筋力低下に基づく不安定歩行が転倒に直結したとみるのが自然であり、かつ、Aが、平成12年6月の多発性脳梗塞の発症、それに由来する不安定歩行が始まってから本件事故時まで1年有半、独歩を超えた歩行態様と歩行を誘導した動因に通常と異なるものがあったと推認するのがこれまた合理的である。
 そうとすれば、本件事故は、常々指摘されていた、Aの常と異なる不安定歩行の危険性が現実化して転倒に結びついたものであるが、本件事故当時のAは、先に認定したとおり認知症の中核症状ばかりか周辺症状も出現していたことからすれば、多数の入居者と共に静穏に過ごしていた1階食堂からひとり離れて本件リビングに誘導されるという場面転回による症状動揺の可能性があったこと、頻繁にトイレに行き来する行動傾向があったこと、待機指示を理解できず、あるいはいったんは理解しても忘却し、急に不穏行動や次の行動に移ることは容易に推測が可能な状況にあり、また、ふらつき等の不安定な歩行による転倒の危険性は常々指摘されていたところであるから、職員としては、Aの許を離れるについて、せめて、Aが本件リビングに着座したまま落ち着いて待機指示を守れるか否か、仮に歩行を開始したとしてもそれが常と変らぬ歩行態様を維持し、独歩に委ねても差し支えないか否か等の見通しだけは事前確認すべき注意義務があったというべきであり、それ自体は、通常の本件施設における見守り(安全確認)と異なる高度な注意義務を設定するものとはいえない(もとより回避可能性を否定すべき事情もない。)。
 よって、本件施設職員には、Aの上記のような特変の有無を確認すべき注意義務があったのに、これを怠ったという安全配慮義務違反があったというのが相当であり、被控訴人(施設)の主張は採用しない。」

(5)認定損害額の主な内訳

 治療費103万円 入院雑費24万円 付添看護費用65万円
 障害慰謝料400万円 弁護士費用60万円

(6)外岡コメント

事例6に引き続き、地裁で棄却された判決が覆された、正に紙一重のケースであったといえます。最終的に高裁は、職員がAの許を離れるにあたり、不用意に離れるのではなくある程度「見通し」を確認しつつ離れるべきであったと認定していますが、グループホームという形態においてこれが特に高度な注意義務といえるのではないかという点については、尚議論が必要であるように思われます。いずれにせよ、結論を出すには大変悩ましいケースの一つであることは間違いないでしょう。問題は、このような事故事例の方が介護現場ではむしろ主流である、という一点に尽きるのです。