今回は、訪問介護による利用者家族からのクレーム対応についてです。具体的な事例を見ていきましょう。
事例:窃盗の濡れ衣を着せられた
ヘルパーをしています。担当するご利用者が認知症で、物盗られ妄想があり困っています。
ある日、訪問後に事務局へ電話があり、「さっき来たヘルパーに年金を盗まれた。10万円封筒に入れておいたのに、8万円に減っていた。許さない。弁償しろ!」と、凄い剣幕でクレームがありました。
もちろん私は盗ってなどいないのですが、このような時どう対応するのが良いでしょうか。
これは本当に困ってしまいますよね。このような濡れ衣ですが、急に言われるとドキッとしてしまいます。
正しい対処法とは
このようなクレームの正しい対処法は、次の3つのうちどれでしょうか?
A.相手の怒りを鎮めるため、相手が正しいという前提で話し、落ち着かせる。
B.濡れ衣であることは明らかなので、「うちはやってません。名誉毀損で訴えますよ」と反撃する。
C.相手の気持ちを受け止めつつ、法的な筋を通し、こちらの結論を淡々と伝える。
感情的にはやはりBを選びたいところですよね。人間ですから、こんなことを言われたらついカッとなってしまう気持ちもわかります。
「私達は介護のプロなのだから、相手が認知症だとわかっているし、こういうことも仕事のうち」、そのような気持ちも大事かもしれません。
「弁護士ではないし法律を学んだこともないので、Cの“法的な筋”とは何だろう?ちょっとわからないな」と思うかもしれません。
これが絶対というわけでもないのですが、正解はCです。
誤った対処をした場合
Aを選んだ場合
相手の方が認知症で、この話が裁判や大げさなことに発展しなければ良いのですが、例えば相手がご家族だった場合、「罪を認めるのであれば弁償してください」と話がどんどん深刻になれば、取り返しがつかなくなることもあります。
Bを選んだ場合
相手が認知症の方なので、一般の方相手のように感情的になるのは得策ではありませんし、法的に言えば、名誉毀損で訴える場合、外部の不特定多数に向けて「あいつは犯人だ」と言うような公然性が必要ですので、当事者同士で言う分には名誉毀損にはなりません。
ですから、私の考える正しい対処法は「C.相手の気持ちを受け止めつつ、法的な筋を通し、こちらの結論を淡々と伝える」となります。
“法的な筋”とは
それでは、一体どんな筋を通せばいいのかを解説していきます。
まず法的な大原則がありまして、“主張立証責任”は、被害者の側にあるということが、今回の大事なポイントになります。要するに、今回の「盗まれた」「被害を受けた」というケースでは、ご利用者や家族の側が「いつ、どこで、誰に、具体的にどのような被害を受けたのか」を主張し、且つ、何らかの証拠によって立証しなければいけない、ということです。
裁判は証拠が全てですから、どんなものでも手がかりにはなりますが、動かぬ証拠で言えば監視カメラです。あるいはお札に付いている指紋や、アリバイ、いろんなことを考慮して裁判官は「この人が犯人だ」と認めますが、それは責任を追及される側が「私は白です」と証明するのではなく、あくまでも「あの人が犯人だ」と主張する側が立証しなければいけないというルールです。
ですから、法的な筋といえば、「“主張立証責任”はそちらにありますから、どうぞ立証してみてください」ということになりますが、それでは少し角が立ってしまいます。
法的な筋を踏まえた正しい対応例
対応としては、以下のようなフレーズが良いと思います。
「お気持ちはよくわかるのですが、関係職員に聞き取り等の調査を行った結果、弊所としましては、弊所職員がご利用者様の金品を盗んだとは認定できませんでした。
弁償につきましては民事上の賠償責任の問題となりますが、いつ、誰が、どのように窃取したかが明らかとならない以上は、責任を負わないというルールとなっているようです。
そしてそのような被害に至る経緯は、原則として被害を主張されるご利用者様の側でして頂くということになります。」
ここまで堅い形で言わなくても良いのですが、考え方としては中盤の被害を訴える側が詳しい被害内容を主張立証しなければいけないというところです。これを伝える必要があります。
ヘルパーステーションというサービスに関して起きたことなので、勿論そこには調査や説明の義務があると言えますから、普通に実務で考えても調査は一通りします。その結果、「私は盗ってないです」と言われれば、警察でもない限りそれ以上調べることもできませんので、調査をした結果、「何も盗っていないという結論になりました」となれば、それを淡々と伝えていくしかありません。
さらなるトラブル時の対応例
そのように対応すると、「それは調査が足りないんだ」、「身内だから庇っているんだろう?もっとしっかり調べろ!」と言う人がよくいますが、これは窃盗疑惑に限らず、いつ怪我をしたのかもわからないような事故でもよく見るトラブルで、そういう時にはこのような説明をすると良いと思います。
「勿論、弊所も事業所として説明責任を負いますが、これは通常一般に求められる水準の調査と報告をすることで足りると解されるところ、今回は関係者全員に十分なヒアリングを行った結果ですので、ご了承いただければと思います。」
あくまで淡々と動じずに説明していく、これが大事なスタンスです。
法律というのは不可能を求めることではないので、被害者側がいくら「まだ調査が足りないはずだ」と言っても、それが本当に十分かどうかは第三者である裁判所が判断します。だとすればそれは、通常一般ならヒアリングや現地調査をこれぐらいならできるだろうし、やるだろうなと、可能な範囲でできることをやったのであれば、説明責任を十分果たしたとなります。
ですから平たく言えば、「やるだけのことはやったけれども、原因は不明でした。ごめんなさい」と、これで十分なわけです。そう言うと、「結局わからないとは何事だ!」や、「身内だからどうせ庇ってんだろ!?警察に行ってもいいんだぞ!」と凄まれるかもしれませんが、そういう時にはこう答えましょう。
「それは、弊社として止めてくださいとお願いする立場にもないため、お気の済むようにして頂く他ないかと思います。
いずれにせよ、コンプライアンスにのっとり、粛々と対応して参ります。」
こう言うと、お決まりのフレーズで「俺には議員の知り合いがいるんだ!」とか、「役所に行って、こんな事業所潰してもらう!」みたいな捨てゼリフを言う人が多いのですが、それにもカッとなる必要はありませんし、動じる必要はありません。
クレームハラスメント対策の基本姿勢
クレームハラスメント対策の大事な基本姿勢は、何を言われても動じないことです。
警察に行くことについて、疑われている側が「やめてくれ」と言うこともできないので、「もう好きにしたらいいです」となりますが、それをオブラートに包んで言うと上記の表現になります。
大事なことは、こういったトラブルの対応に関して法律のルールや考え方にのっとり粛々と、イメージで言うと、淡々と機械的に、ロボットのように対応することです。普段の介護については人間味のある対応をしていると思いますが、クレーム対応の時だけは、「法律の根拠に基づいて、“粛々と”やって参ります」と。これをフレーズとして覚えておくと役に立つと思います。
本当にいろいろな思いがけないトラブルがあると思いますが、以上を参考にしていただければ幸いです。