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事例番号は前出の表に対応しています。

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事例9

  • 横浜地方裁判所判決/平成20年(ワ)第4453号
  • 平成22年8月26日
  • 請求額3190万円/請求棄却。
  •  介護老人保健施設の入所者の食事中に窒息し死亡した事案

老健での夕食時、他の入居者に投薬中のヘルパーが気づいたところ利用者が意識喪失していたという事案です。詰まっていた食べ物が検出されましたが、最終的には利用者自身の疾患からくる発作が原因と認定され、請求は棄却されました

(1)利用者の状態

 女性 82歳 認知症 移動は車椅子 高血圧 虚血性心疾患 狭心症、慢性動脈硬化症の既往症 心不全
 大動脈の石灰化、椎骨脳底動脈の蛇行及び硬化性変化、高血圧の既往症有
 平成19年4月2日被告施設入所

(2)事故態様

 平成19年7月1日午後5時40分ころから、二階食堂で二階入所者に対する食事の配膳が行われた。Bが他の入居者の与薬を終えた後、Aの与薬を行おうとすると、Aは、「口の中に食べ物が入っているから、ちょっと待っててね。」と笑顔で答えた。そこで、Bは、隣のテーブルに行き与薬を行い、再びAの所に戻ってきた。Bは、Aに口を開けてもらい、口腔内に食べ物のないことを確認した上で、Aに薬を渡した。すると、Aは自ら薬を飲んだ。Bは、Aに再び口を開けてもらい、口腔内に薬がないことを確認した。
 その後、Bは、残りの与薬を済ませたが、それぞれ入所者の様子を見回し、特にAの様子も注意して観察したが、Aはむせたり、体を前後することもなく、また、頭を後屈させていることもなかった。
 その後、Aの頭が後屈状態になった。隣にいた利用者が横を見るとAがそのような状態で天井を見ていたので、Aに声をかけたが返事がなかった。そこで利用者はBに呼びかけた。そのときBが振り返ってAの様子を確認すると、Aは車椅子にもたれかかって、反り返っている様子であった。Bが駆けつけると、Aは、頭部は後屈して天井を仰ぎ見るような姿勢になっており、目は一点を見つめていた。Aの表情は、苦しそうな様子は見られず、無表情であった。Bは「甲野さん、甲野さん。」と大きな声で呼び、肩を揺さぶったりしたが、Aの反応はなかった。Aの周囲には嘔吐物はなく、口元から胸元にかけて、ご飯が数粒ある程度であった。 

(3)事故後の経緯

 Bは、Aを車椅子ごとサービスステーションの前に移動させ、院内通話で四階にいる看護師を呼んだ。同日午後6時5分ころに看護師がAのもとにかけつけた時、Aは顔面蒼白で口唇チアノーゼがあった。看護師は、手指でAの口内の食物をかき出し、義歯を外して、Aをベッドに移乗させた上で、痰切り用カテーテルを使用し吸引器を用いて吸引を行ったところ、ご飯粒、厚揚げ、ふきの煮物が少量引けた。
 吸引の間に看護師の指示を受けたBは、電話で救急車を要請するとともに、被告施設館内全体ヘの緊急放送を行った。看護師は、吸引器用カテーテルを気管に挿入しようとしたが、Aの舌根沈下がありうまく入っていかなかったため、Aの口にエアウェイを挿入し吸引器での吸引を行った。また、看護師は酸素マスクを用い、酸素を全開にして酸素の吸入を行った。その後、看護師は、吸引と酸素吸入、心臓マッサージを行った。
 同日午後6時18分に救急隊が到着し、救急隊員が気管挿管を行ったところ、チューブからあふれるほどの多量の食物が引けた。救急隊は被告施設からAを搬出し、午後6時45分に救急車は総合病院に到着した。
 病院でも気管挿管が行われ、再び多量の食物が引けた。その後、Aの心拍は再開したが自発呼吸はなかった。家族の希望によりAの人工呼吸器の装着が継続されることになったが、翌7月2日午前8時5分ころ、死亡が確認された。

(4)判決文ハイライト

 「BがAの異変に気が付き駆けつけた際、仮にAが食物を誤嚥し、窒息して意識消失に至ったのであれば、Aは、苦しんだり、むせ込んだり、胸をたたいたりするなどの動作をしたり、音をたてたりするのが自然な成り行きと考えられるところ、Aがこのような動作をしたことを認めるに足りる証拠はない。また、仮にAが窒息により意識を消失したならば、SPO2の数値は相当程度低下すると考えられるが、本件事故直後のSPO2の数値は八〇%であり、意識障害が起きる可能性があるほどには低下していなかった。更に、BがAの様子を確認した後、異変に気付いて駆けつけるまで数秒しか経過していないが、食物を誤嚥して窒息した後、わずか数秒間のうちに意識消失に至るというのは不自然さが拭えない。
 Aには、脳梗塞や心筋梗塞が発生する相当程度の危険性があったといえるが、Aは被告施設に入所中、心疾患及び脳疾患に関する投薬を受けておらず、脳梗塞や心筋梗塞の発症を抑制するための対応がとられていなかった。以上によれば本件事故は、食物の誤嚥による窒息を原因とするものとは認められず、本件事故の発生状況及びAの既往症を考慮すると、脳梗塞、心筋梗塞などの何らかの疾病を原因とするもの、すなわち、Aが脳梗塞、心筋梗塞などによる発作を起こし、それによる吐き戻しの誤嚥が起きたものである蓋然性が高いことが認められる」

(5)認定損害額の主な内訳

 0円

(6)外岡コメント

 本人の元々の疾患と食物誤嚥による窒息が外観上競合し、医学的因果関係の論点が多岐に渡り展開されました。なおAの死亡診断書には、「窒息(誤嚥による)」と明確に記載されていましが、裁判所は「本件事故の発生状況やAの既往症に関する十分な情報に基づくものではなく、当時の限られた情報を前提とするものであることが認められるから、死因が誤嚥による窒息であることの根拠となるものとは認められない。」としてこれを退けました。事例7と同様、裁判所は死亡診断書の記載が全てとみなしている訳ではないことが分かります。