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事例番号は前出の表に対応しています。

...

事例16

  • 大阪高等裁判所判決/平成24年(ネ)第1537号
  • 平成25年5月22日
  • 請求額3208万3620円/1548万3620円を認容。

誤嚥ケースで高裁までいった例は事例910以来 であり、一審で請求棄却、高裁で利用者側が逆転勝訴したものはこれが初めてです。その意味で画期的といえますが、中身をみるとあまりに杜撰かつ一方的な判定であり、およそ高裁レベルとは評し難いものとさえいえるのではないでしょうか。この判決により誤嚥に関する施設側に課された義務がより加重されたことは確かです。

(1)利用者の状態

 女性 86歳 平成18年2月27日 パーキンソン症候群,難治性逆流性食道炎,高血圧,うつ状態,慢性直腸潰瘍 入院中全粥食であったが食後嘔吐があった。
 Aはうつ病により平成21年11月から入院していたが、入院中の平成22年3月に出血性直腸潰瘍による下血があり、ポリープを除去する手術を受け、以後退院まで粥食が提供されていた。
 Aは退院後、被控訴人が経営する介護付き有料老人ホーム「Zビレッジ」に入居した。被告施設は、Aの主治医から「♯3(食道裂孔師ヘルニア)により,時折嘔吐を認めています。誤嚥を認めなければ経過観察でよいと思います。」との伝達を受けていた。Aの子供である原告らは、施設に対しAにパン食を提供すること、個室で食事をとらせることを希望した。

(2)事故態様

 入居3日目である平成22年7月23日午前7時50分頃、施設職員Bはロールパンを含む朝食をAの個室に配膳した。BはAをベッドから降ろして車椅子に座らせ、サイドテーブルに食事をセットした後部屋を出た。このときAの手元にナースコールは置かれていなかった。当時Aの居室のあった4階のフロアにおいては9名ないし10名が入居しており,職員は夜勤(16:30~9:30)1名が配置されていた。同フロアにおいては,居室で食事をする者はA以外にはいなかった。またAに食事が配膳されて誤嚥が発見されるまでの約20分の間に,BがAの様子を見に行ったことはなかった。
 Bは、午前8時10分頃、ロールパンを誤嚥して車椅子上で頭を後ろに反らせ昏睡状態となったAを発見した。

(3)事故後の経緯

 職員は直ちに救急通報を行い、午前8時20分頃救急車が到着し、Aは神戸朝日病院に運ばれたが、約12時間後に窒息により死亡した。

(4)判決文ハイライト

 「主治医の伝達内容は抽象的であり,明瞭でない面はあるものの,その記載内容から察するに,食道に疾患があり,食物が逆流し,嘔吐することがあること,これにより誤嚥が危惧されるとの意味内容を感得することは,医療の専門家でない読み手であっても,必ずしも困難なことではない。高齢者事故の中で転倒と誤嚥が多いことは周知の事実であるところ,高齢者を扱う介護事業者スタッフが前記意味内容からして桜子に対しては通常の入所者に比して誤嚥について特に注意が必要であることを把握できないはずはない。とりわけ,介護施設に新しく入所する者にとっては,環境が変化すれば,心身に負担が増すことになるのであるから,持病がどのように現れるのか注意深く観察する必要があり,介護事業者としては,協力医療機関と連携を図り,少なくとも,同医療機関の初回の診察・指示があるまでの間は,Aの誤嚥防止に意を尽くすべき注意義務があったと解するのが相当である。そして,本件においてはAを居室において食事させ,入所者に異状が生じても気付きにくいという事情があったのであるから,このような状況下においては,食事中の見回りを頻回にし,ナースコールの手元配置等を講じるなどして誤嚥に対処すべき義務があるというべきである。」

(5)認定損害額の主な内訳

 死亡慰謝料 1250万円 葬儀費用31万円  弁護士費用28万円

(6)外岡コメント

事例15の 神戸地裁判決は、医師の診療情報提供書について「Aが症状軽快により退院したこと、Aが自立して食事をすることができ、誤嚥をうかがわせる具体的症状は見られなかったこと、被告がAの主治医から特別の食事を提供すべきなどの注意を受けていた事実は認められないこと、本件入居申し込み書の食事等の希望・要望に何らの記載もないこと、本件面談においては専らうつ病の症状への対処が問題とされていたこと、食道裂孔師ヘルニアによる嘔吐は食後嘔吐に関するものであるから、食事中の誤嚥との直接的な関連性は極めて低いとされていることなどの事情を考慮すると、上記記載のいから、Aに食事中の誤嚥の危険があることを具体的に予見することは困難であったというべきである。」とし、責任を否定しています。こちらの方が余程諸般の事情を仔細に検討した上でロジカルな筋道をたて結論を出している様に思うのですが、この高裁判決は一体どうしたことか、「高齢者事故の中で転倒と誤嚥が多いことは周知の事実であるところ,高齢者を扱う介護事業者スタッフが前記意味内容からして桜子に対しては通常の入所者に比して誤嚥について特に注意が必要であることを把握できないはずはない。」とまで言い切っています。
 転倒と誤嚥が多いということは確かにその通りなのですが、だからこそ少しでも明瞭な基準を設け、現場の職員が「ここまで対策を講じれば安心できる」という状態を保証する役割が裁判所には求められているのです。それにも拘わらずこのような後付けの判決が続出する様では、徒らに提訴件数を助長するだけであり、何の解決にも資するものではないといえるでしょう。