転倒事故の事例23(平成25年5月20日東京地方裁判所判決)において裁判所が示した以下の過失(安全配慮義務)の認定基準は、一応どの裁判例でも裁判官が踏まえている一つの「基準」といえるでしょう。
利用契約に基づき、個々の利用者の能力に応じて具体的に予見することが可能な危険について、法令の定める人員配置基準を満たす態勢の下、必要な範囲において、利用者の安全を確保すべき義務を負う。」
最終的には事案ごとに集積された膨大な量の証拠を裁判官が取捨選択し総合的に判断するのですが、この「総合的」が曲者です。つまり平たくいってしまえば、建前上基準に則ったプロセスを経ている様に見えても、結局は個々の裁判官の感覚や評価で決められているというのが現実なのです。例えば夜間の転倒ひとつとっても、赤外線センサーを設置していたか、ナースコールを設置していたか、見回りはどの程度の頻度で行っていたか、等、予防の方策として沢山の要素が挙げられますが、「その中で〇個実施していたのであれば免責」といった客観的な基準が一切存在しないのです(ここまで割り切った基準ができても、逆に「それさえ押さえておけば転倒させても問題ない」という空気、いわゆるモラルハザードの問題が生じてしまうのでしょうが…)。
厚労省はこれまで様々なガイドラインや通知を出してきましたが、介護事故、特に転倒発生時の責任の所在等について明確に定めたものは存在せず、介護裁判事例のページで紹介した様に個々のケースごとに判定もばらばらという、実に混乱した状況です。そして介護事故に関する認定は、ケースを重ねるごとに事業者側に不利になりつつあるといえるでしょう。
かなり専門的な内容になりますが、興味のある方は、筆者外岡の著書「介護トラブル相談必携」(民事法研究会)161ページをご覧ください。ショートステイでのベッドからの転落という同種の事案について、両判決に天と地の開きが出た理由を分析していますが、そのポイントは「コミュニケーション」、すなわち利用者家族と以前から密なコンタクト(報告・連絡・相談)を取っていたかではないかと考えます。